2012/04/04
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:磯貝彰) バイオサイエンス研究科 植物形態ダイナミクス研究室の 打田直行助教と田坂昌生教授は、米国ワシントン大学の鳥居啓子教授(科学技術振興機構さきがけ「生命システムの動作原理と技術基盤」の研究員とハワード ヒューズ医学研究所の研究員を兼任)、Jin Suk Lee博士、Robin J. Horst博士らとの共同研究によって、植物が自身の背丈のサイズを生育環境に合わせて特異的にコントロールする際に、その引き金となる物質と分子スイッ チを発見した。分子スイッチは、植物体内にある特定の生理活性物質を認識して背丈のサイズの情報を発信する受容体である。この発見により、植物の形の多様 性や環境の変化に対応して生き残る戦略など謎の仕組みが解明される。さらに、植物の背丈を低くして倒れにくくするなど、自在にサイズを伸縮させて作物の生 産性を飛躍的に向上することが可能になると考えられる。
植物の背丈のコントロールは、それぞれの植物種が各々に固有の形を作りだす上でも 重要なポイントである。また、周りの環境の変化に適応して生存するためにも、植物は自身の背丈を環境に合わせて柔軟に変化させる。したがって、この背丈の コントロールの仕組みを解明することは、植物の形の多様さと植物の生存戦略を理解する上でも非常に重要である。
今回の研究では、植物が自 身の背丈を特異的にコントロールする際に利用する生理活性物質であるリガンドと、それと結合して認識する受容体の組み合わせを発見することに成功した。受 容体とは細胞の表面に存在するスイッチのようなもので、そのスイッチを押すのがリガンドと呼ばれる生理活性物質である。
この発見を受け て、今後は、このリガンドと受容体の結合を阻害する化合物やそのリガンドの代わりをする化合物などの探索を行うことで、植物の背丈を自在に人為的にコント ロールする技術の開発が可能になると考えられる。たとえば、作物個体の生産能力を変化させずに背丈だけを低くする技術が確立すれば、作物が倒れにくくなっ て栽培の手間が省けるとともに、植物体がかさ張らないために一定面積に密度高く栽培できる。このように作物の生産性の飛躍的向上につながる研究が期待でき る。
以上の成果は平成24年4月2日(火)付けの「米国科学アカデミー紀要」のオンライン速報版に掲載される。
【研究の背景と経緯】
地 球上に存在する多様な陸上植物種はそれぞれが固有の形を持ち、この形の多様性に影響する重要なポイントの1つは背丈の違いである。また、植物は周りの環境 の変化に適応して生存するために、自身の背丈を環境に合わせて柔軟に変化させる。したがって、背丈のコントロールの仕組みを解明することは、植物の形の多 様さと植物の生存戦略を理解する上で非常に重要である。
一方で、植物の背丈は作物の生産性に非常に大きく関わる。作物個体の生産能力を変 化させずに背丈だけを低くすることが出来ると、作物が倒れにくくなり栽培の手間が省けるとともに、植物体がかさ張らないために一定面積に密度高く栽培でき る。また、茎の成長に用いられるエネルギーが実など有用部位に回るようになり、与えた肥料が効率的に用いられるため、使用する肥料の減量など環境に与える 影響の軽減化にもつながる。したがって、人為的に植物の背丈を変化させる技術の開発は作物の生産性の飛躍的な向上のために極めて有望である。
しかし、そのためにはそもそも植物が背丈をどのような仕組みを用いてコントロールしているのかを解明した上で、その仕組みを人為的にコントロールする技術を生み出す必要がある。
こ れまでに植物ホルモンのいくつかが植物の背丈のコントロールに関わることは知られていたが、それらのホルモンは背丈のコントロール以外にも植物の様々な機 能に関わるため、うかつにその作用を強めたり弱めたりすると、背丈以外のいろいろな部分にも影響が出てしまう。したがって、有用部位の生産量には関わらな いものの背丈のコントロールには極めて特異的に関わる仕組みの発見が期待されていた。
このような非常に特異的な現象にだけ関わる仕組みを 探す時には、細胞の表面に存在する受容体(注1)と呼ばれるタンパク質に注目するのが有効な手段である。多くの場合、1つの受容体はある特定の現象に対し てスイッチとして働く。そして、受容体を活性化させる役目を担うのはそれぞれの受容体にのみ特異的に作用する生理活性物質であるリガンド(注2)と呼ばれ る物質である。そのため、目的とする現象ごとにリガンドと受容体のペアを見つけ出すことが極めて重要となる(図1)。
双子葉類のモデル植 物として用いられるシロイヌナズナでは、ERECTAと呼ばれる受容体が植物の背丈のコントロールに関わることが古くから知られていたが、その際に ERECTA受容体を特異的に活性化させるリガンドは不明であった。もしそのようなリガンドを発見することが出来ると、植物の背丈を自在に人為的にコント ロールする基盤技術の開発につながる。そこで、打田助教らはこのERECTA受容体を特異的に活性化するリガンドの探索を試み、植物が背丈をコントロール する際に用いる仕組みを解明することを目指した。
【研究の内容】
打田助教らはシロイヌナズナのゲノム情報を利用して、 ERECTA受容体のリガンドとなる候補遺伝子群をいくつか選び出し、それらが実際に植物の背丈のコントロールに用いられるかどうかを検定した。その結 果、EPFL4とEPFL6と名付けられながら機能が未知だった2つのリガンド(この2つのリガンドはどちらも同じ働きを持つ)がERECTA受容体に作 用することで植物の背丈がコントロールされることを見出した。受容体であるERECTAの機能が失われた植物やリガンドであるEPFL4とEPFL6の機 能が失われた植物では植物の背丈が特異的に低くなった(図2)。
また、面白いことに、リガンドであるEPFL4とEPFL6は、内皮とい う組織で生み出され、一方で受容体であるERECTAは篩部という組織で働いていた。このことは、植物は背丈をコントロールするために内皮から情報を発信 し、その情報を篩部で受け取るという、内皮と篩部との組織間でこれまでに想定もされてこなかったようなコミュニケーションをとっていることを意味する。こ のことは、植物の発生学研究の観点から見ても極めてユニークな発見である。
【今後の展開】
今回、背丈を極めて特異的に変化させる リガンドとその受容体の組み合わせを発見したことにより、これをきっかけとして植物が背丈をコントロールする際に働く仕組みのさらなる解明が進むことが想 定される。また、このリガンドと受容体の結合を阻害する化合物やそのリガンドの代わりをする化合物などの探索を行うことで、植物の背丈を自在に人為的にコ ントロールする技術の開発が可能になると考えられ、作物の生産性の飛躍的な向上につながると期待される。
【用語解説】
注1)受容 体:各種の生理活性物質(リガンド)を特異的に認識して結合し,その情報を細胞内へと伝えるタンパク質の総称。受容体の極めて特徴的な点は、各々の受容体 にはそれぞれに非常に特異的なリガンドが存在することであり、その特性のため、様々な薬物や毒物の特異的なターゲットとなることが多い。
注2)リガンド:特定の受容体に特異的に作用する生理活性物質のこと。
【掲載雑誌名、論文名および著者名】
米国科学アカデミー紀要 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
論文名
"Regulation of inflorescence architecture by intertissue layer ligand-receptor communication between endodermis and phloem"
(内皮と篩部の組織間におけるリガンド・受容体コミュニケーションによる花序の形態の制御)
著者
Naoyuki Uchida, Jin Suk Lee, Robin J. Horst, Hung-Hsueh Lai, Ryoko Kajita, Tatsuo Kakimoto, Masao Tasaka, Keiko U. Torii
【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1117537109
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/6663(NAIST Academic Repository: naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Uchida, Naoyuki;Jin Suk Leeb;Robin J. Horstb;Hung-Hsueh Laib;Kajita,
Ryoko: Kakimoto, Tatsuo;Tasaka, Masao;Torii, U Keiko.Regulation of
inflorescence architecture by intertissue layer ligand-receptor
communication between endodermis and phloem. Peoceedings of the National
Academy of Science of the United States of America(PNAS) 109(16) April
17, 2012