2015/11/13
【概要】
すべての生物において基本的な生命の営みの一つに「細胞質で合成されたたんぱく質が細胞膜を越えて異なる場所へ移動する」という現象があります。これはたんぱく質が実際に働く場所へと輸送されるために必要な機能です。そのたんぱく質の通り道として、生体膜には「たんぱく質膜透過チャネル(Secトランスロコン)*1」とよばれる装置が存在します。これまでにいくつかのSecトランスロコンが構造解析され、たんぱく質の透過機構の様々なモデルが提唱されているものの、詳細に議論するには情報が不足しており、より高い分解能でのSecトランスロコンの解析が待たれていました。
奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科 塚崎智也准教授、田中良樹助教、菅野泰功博士課程大学院生、東京大学大学院 理学系研究科 濡木理教授を中心とした研究グループは、たんぱく質が生体膜を透過するための通り道となる膜たんぱく質複合体SecYEG(細菌型Secトランスロコン)の高分解能(2.7Å分解能)*2の構造解析を世界で初めて達成しました。この構造情報に基づき研究を進めた結果、たんぱく質が透過していない状態(閉状態)のチャネル(透過孔)は、複合体を形成する膜たんぱく質(SecG)の一部によって「キャップ(蓋)」がされており、たんぱく質が透過する時(膜透過状態)に、その蓋が外れるという機構が存在することを初めて明らかにしました。この高分解能構造は、たんぱく質の膜透過という基本的な生命現象の解明において最も信頼できるSecトランスロコンの構造基盤となります。
この成果は、米国東部時間の平成27年11月12日(木)付のCell Reports誌(Cell Press社)のオンライン版に掲載されました。
【関連リンク】
・タイトル
Crystal Structures of SecYEG in Lipidic Cubic Phase Elucidate a Precise Resting and a Peptide-Bound State
・論文は以下に掲載されております。
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2015.10.025
naistar:http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/10461
(NAIST Academic Repository:naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Yoshiki Tanaka, Yasunori Sugano, Mizuki Takemoto, Takaharu Mori, Arata Furukawa, Tsukasa Kusakizako, Kaoru Kumazaki, Ayako Kashima, Ryuichiro Ishitani, Yuji Sugita, Osamu Nureki, and Tomoya Tsukazaki; Cell Reports, 12 November 2015, Pages 2211-1247
【解説】
(1)研究背景
生物の細胞には、生体膜という仕切りによって、いくつかの異なる空間が保持されています。生命活動には、それらの膜を介した適切な物質の輸送や情報の伝達が必要です。細胞質では多種多様なたんぱく質が、リボソーム*3により合成されます。新規に合成されたたんぱく質は機能する形へと折りたたまれるとともに、適切な場所に運ばれてその役目を果たします。そのためには多くのたんぱく質が生体膜を透過(たんぱく質の膜透過)しなければならず、その透過孔となるのがSecトランスロコン(細菌ではSecYEG、ヒトではSec61αγβ)とよばれる膜たんぱく質複合体です(図1左)。どのようにして、たんぱく質という大きな分子を、膜の透過障壁能(分子やイオンなどを無制限に通さないしくみ)を保ったままで透過させているのかについては、当該分野での重要課題の一つです。これまでにいくつかのSecトランスロコン構造が報告され、たんぱく質膜透過機構のモデルが提唱されてきました。しかし、さらなる詳細な議論をするためには、これまで以上の解像度でSecトランスロコン構造を決定することが必要とされていました。
(2)研究内容
今回、本研究グループは、高度好熱菌サーマス・サーモフィルス(Thermus thermophilus)由来のSecYEG複合体の結晶構造をこれまで達成されていない高い分解能(2.7 Å分解能、1オングストロームは100億分の1m)で決定することに成功しました。SecYEGを測定試料とするための結晶化は、脂質キュービック相(LCP)法*4で行ない、大型放射光施設SPring-8 *5 BL32XU(ビームライン)においてX線回折データを収集しました。
これまでのSecYEGの複合体の結晶構造は4.5 Å分解能が最高で、今回得られた構造の分解能は2.7 Å分解能と約2 Å程度分解能が向上し、より詳細な議論を可能とします。特筆すべきことは、これまで不鮮明であったループ(たんぱく質複合体中で領域を連結する部分)などの構造も明確に認識できたため、SecYEGを構成するほぼすべてのアミノ酸残基の位置を正確に配置した構造モデルを得ることができたことです(図1右)。その中でも、SecGのループについて新しい知見が得られました。今回の構造解析から、SecGのループが、SecYにより形成されているたんぱく質の透過孔を塞ぐように位置していることが判明しました。そこで、SecGのループをSecYの細胞内側の表面に固定した変異体を作製したところ、たんぱく質の膜透過が阻害され、その後固定を外すとたんぱく質の膜透過が正常にもどりました。
このような機能解析や、過去の構造との比較、分子の挙動を計算して出すMDシミュレーション*6の結果から、閉状態のSecYEGでは、たんぱく質の自発的な透過を防止するためにSecGのループが透過孔に「キャップ」をし、膜透過状態ではその「キャップ」を透過孔の上から退けることで、たんぱく質の膜透過を調節していることを明らかにしました。
また、図1、2中で紫色に表示されているプラグとよばれる部位が細胞外側から蓋をしているという過去の知見と組み合わせて、透過孔は細胞膜の両側から閉ざされ、たんぱく質の輸送に応じて開くという新たなモデルを提唱しました(図2)。さらに、原著論文では別状態のSecYEGの結晶構造も紹介しており、SecYEGと膜透過基質たんぱく質との相互作用や、たんぱく質の膜透過におけるSecYEGの初期の構造変化にもふれています。
【研究の位置づけ】
本研究は、構造解析が待ち望まれていたSecY、SecE、SecGすべての構成要素を含む完全なSecトランスロコンの高分解能の報告です。Secトランスロコンは単独では十分機能せず、たんぱく質の膜透過には共同して働く他の因子が多くあります。近年リボソームとSecトランスロコンとの複合体の電子顕微鏡による解析が多く進められています。これらの解析から得られる画像の解析に、本構造は極めて有用です。今回の報告は、細胞がどのようにかたち造られるのかの本質的なしくみにせまるもので、生命活動に必須であるたんぱく質輸送の基礎研究の発展に大きく貢献するものです。今後、Secトランスロコンの構造・機能解析及び動態観察に至るまで幅広く利用されることが期待されます。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「Secタンパク質膜透過装置の次世代構造生物学」(研究者:塚崎智也)、科研費(26291023, 26119006, 26119007, 15H01537, 15K06972)、創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業、最先端研究開発支援プログラムなどの支援を受けました。
【用語説明】
*1 Secトランスロコン : たんぱく質が膜を越えるための透過孔を形成する膜たんぱく質複合体。すべての生物に保存されており、バクテリアではSecY、SecE、SecGからなる複合体(SecYEG)で、真核生物ではSec61αγβ。
*2 分解能:対象物をどの程度まで識別できるかという能力。本稿での高い分解能とは、その値(単位はÅ)がより低いものをさし、それだけ細部まで識別可能。
*3 リボソーム:遺伝子の情報から、細胞内でたんぱく質を合成する役割を担う装置。
*4 脂質キュービック相(LCP)法:たんぱく質を脂質二重層に再構成させた状態で結晶化させる手法。近年、膜たんぱく質の結晶化法の一つとしてスタンダード。
*5 SPring-8:兵庫県佐用町に位置する世界最大級の大型放射光施設。強いX線を用いた実験が可能。
*6 MDシミュレーション:分子動力学(Molecular Dynamics)を用いて、たんぱく質などの生体分子の挙動を計算する研究手法。