2015/11/05
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科 神経機能科学研究室の駒井章治准教授らは、さまざまな科学の研究で重要な実験のモデル動物になっているマウスが、見た画像を脳内で再構成して判断する「錯視」という知覚の能力を持つ可能性を世界で初めて明らかにしました。マウスは夜行性なので視力が弱いとされていましたが、「錯視」という脳内の情報処理システムを発達させてカバーしていたことになります。マウスは迷路を走らせるなど行動学の研究にもよく使われていますが、視覚など脳研究の新たな分野で貢献をすることが期待されます。
今回の研究ではスマートフォンのような「タッチパネル」2枚に、錯視できれば内容がわかるそれぞれ別の図形を表示しました。マウス(10匹)が2枚のうちどちらか正解を選んで鼻先でタッチすれば、報酬のエサが出るという実験を行ったところ、正答率は73%でした。実際にマウスが「脳が創りだした」主観的な図形に対して反応をすることが明らかとなりました。今後、さらに詳細な脳の情報処理や脳の「クセ」に関する研究の一助になると考えられます。
【解説、実験方法】
脳の情報処理の具体的なところは、まだほとんどわかっていないと言っても過言ではないでしょう。そこで、今回は脳の「クセ」である錯覚現象、特に私たちにも馴染みの深い「錯視」について、非常に豊かなバイオの知見を提供してきたモデル動物である「マウス」を用いて研究することで、少しでもこの問に近づきたいと考えました。
錯視の機能については、チンパンジー、イヌなどにもあることが知られていますが、マウスは視覚が比較的弱いため、錯視のような視覚実験には適さないと考えられてきました。
実験では、図1のような小型のタッチスクリーン2枚を使い、見えたものに即座に反応し、鼻先でタッチすることを、あらかじめ学習させました。そのうえで視覚図形(図2)の「縦」か「横」のバーチャルな図(主観的輪郭図形)に反応し、正解を選べば、エサがもらえるというように訓練しました。
10匹に実験を行ったところ、正解率は73%の高率。縦、横の位置を少し斜めにしたり、画像全体をぼかしたりすると、正解率は5割程度に下がり、正確に判断していることがわかりました。このように視覚刺激を様々な形で工夫することにより、実際にマウスが錯視を知覚していることが明らかとなりました。
今回の発見により、マウスを用いてこのような認知課題に取り組める可能性が開かれ、イメージングや光遺伝学といった脳のどこがどのように反応しているかを見る新しい研究技術を利用することが比較的容易になります。そして詳細かつ具体的な脳の情報処理を明らかにする研究の一助になることが考えられます。
【研究の位置づけ】
今回の研究はマウスが錯視図形を知覚していることを示した世界初の結果であり、今後の高次脳機能解明の一助となるものと考えられる。
【今後の研究方針】
今回の行動実験ではマウスが錯視を知覚している可能性が示唆された。今後は二光子レーザー走査顕微鏡などを利用して、単一細胞レベルで錯視が脳の「クセ」が脳の情報として表現されているのかを検討したいと考えております。さらに「多義図形」などの別の錯視図形についても同様の課題で弁別させることを検討しております。多義図形とは一つの図形を見方を変えることでおばあさんに見えたり若い女性の後ろ姿に見えたりする図形のことです。細胞活動を操作することで強制的にどちらかの方法に人為的に知覚を誘導することが可能になるか否かを研究したいと考えております。
【用語説明】
錯視とは脳の情報処理の特性、「クセ」によって実際の物理量とは異なる知覚が誘導されることを指します。ミュラーリヤーの錯視やエビングハウスの錯視、多義図形、動く錯視など様々なものがありますが、三次元空間の情報を二次元の網膜平面で受け取った情報をもとに近くするために脳が独自に加える付加情報とも言えます。奥行き知覚や、連続性、図と地の関係など様々な近くの特性が反映されたものと考えられています。サルやヒトでの研究では初期視覚野での図形分析とともにV4という領域での大域的図形知覚が錯視の知覚に関連するといわれていますが、細胞レベルでの脳情報処理は明らかになっていません。
【関連リンク】
・タイトル
Mouse Ability to Perceive Subjective Contours
・論文は以下に掲載されております。
http://pec.sagepub.com/content/early/2015/10/23/0301006615614440.abstract
naistar:http://hdl.handle.net/10061/10463
(NAIST Academic Repository:naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Fumi Okuyama-Uchimura and Shoji Komai; Perception, first published on November 2, 2015
【本研究内容についてコメント出来る方】
カリフォルニア工科大学 下條信輔教授
sshimojo@caltech.edu
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 神経機能科学研究室 駒井章治
TEL 0743-72-5418 / 080-5367-7090 FAX 0743-72-5419
E-mail skomai@bs.naist.jp