2016/02/05
奈良先端大 情報科学研究科 情報基盤システム学研究室(教授:藤川和利)油谷曉 助教、ネットワーク統合運用教育連携研究室 小林和真 教授らは、国立研究開発法人 情報通信研究機構(以下、「NICT」)、学校法人幾徳学園 神奈川工科大学(以下、「KAIT」)、NTTアイティ株式会社(以下、「NTT−IT」)、PFUビジネスフォアランナー株式会社(以下、「PFU」)、アストロデザイン株式会社(以下、「アストロデザイン」)、池上通信機株式会社(以下、「池上通信機」)と共同で、2月6日にNICTが主催する「さっぽろ雪まつり」時の実証実験(注1)において、札幌・大阪・沖縄を結んだ広帯域インターネット網を用いて、ハイビジョンの16倍高解像度である8K(7680x4320画素)超高精細映像(注2)のライブ配信時に映像データがインターネット網の途中経路での盗聴や改ざん等を防ぐリアルタイム暗号化配信に取り組みます。
【背景】
2020年の東京オリンピックの開催に向けて、8Kや4Kの超高精細映像を利用するアプリケーションの研究開発が加速しています。8Kの映像制作においては約24Gbps以上の伝送ビットレート(通信速度)が必要になるため、映像編集や映像効果を付加するためのシステムを一カ所にまとめて構築し、システム間の距離を縮める必要がありました。しかし、今後、これらのシステムを地理的に分散させて構築可能にし、効率化することや、超高精細映像素材を同時に複数の遠隔地に伝送することが時代の要請として重視されてくるでしょう。
奈良先端大では、KAIT や関係各社とともに、4K超高精細映像素材を安定的に伝送、蓄積配信するストリーミングクラウドというインターネットを使って行う技術の研究開発を NICT のテストベッド(試験環境)である JGN-X(注3)を利用して進めてきました。2014年は、使用可能な回線の帯域が 100Gbps 化されたことにより、4K よりもさらに高精細な8K超高精細映像でも、既存の 4K 映像伝送装置(注4)や広帯域 IP 映像サーバ(注5)を複数台用いて圧縮せずに伝送可能であることを、世界で初めて東京・大阪間の実験により実証し、映像の臨場感を損なうことなく遠隔地へ IPネットワークサービスにより中継することが可能になることを証明しました。これにより、8Kカメラのような映像機器をネットワークに接続して遠隔地のクラウド装置と接続することで撮影場所と映像処理するクラウド設備をシームレスに連携でき、編集に必要な時だけクラウドの設備を使う映像製作をインターネットのクラウド上で動作させることが可能となりました。2015年は、100Gbps の回線に接続された複数の IPルータによりマルチキャスト(注6)配信機能を構成し、東京や北陸からの複数の 8K 超高精細映像素材の選択的な受信を行うことで、仮想的な映像スイッチング機能を実現する実験を大阪で行います。このマルチキャスト配信機能を使用し、8K 超高精細映像素材コンテンツから生成された様々なレートの映像コンテンツを NAIST や KAIT に対して配信も行います。さらに、これらの映像素材のネットワーク上の安定的な配信を実現するため、高精度なネットワーク計測技術(注7)と 8K 映像トラヒックメータを併用して、100Gbps 回線の伝送状況を実時間で観測する実験も行います。
リアルタイム暗号化配信技術としては、IPsec(注8)による複数の暗号化技術を用いて広域ネットワーク上で非圧縮 8K 超高精細映像をリアルタイムに暗号化、復号化し安全に配信できる仕組みを構築します。具体的には、さっぽろ雪まつり会場で撮影される 8K 映像データを全て暗号化して大阪うめきたの一般公開会場まで送信し、会場内で復号化して中継映像を広域に安全に配信できることを実証し、その結果、配信経路での盗聴や改ざんを防ぐための重要なセキュリティ確保が可能になることを証明します。
今回のインターネット網は、NICTが構築・運用するJGN-Xに加え、大学共同利用機関法人 国立情報学研究所が構築・運用するSINET5(注9)が実証実験に参加することにより、北海道から沖縄まで日本列島を縦断する100Gbpsネットワークを構築することが可能になりました。
【今後の予定】
今回の実証実験での結果を踏まえ、セキュリティを確保した上での超高精細映像素材を用いたクラウド映像製作ワークフロー(作業手順)の確立、マルチメディア研究との連携による新たなメディア製作手法の確立の研究開発をより進めてまいります。
【協力会社】
実証実験の実施にあたり、NTT未来ねっと研究所様、シャープ株式会社様、北海道テレビ放送株式会社様、アリスタネットワークス様、株式会社日立国際電気様、株式会社JVCケンウッド様、サッポロファクトリー様、ナパテックジャパン株式会社様、グリーン株式会社様、ピュアロジック株式会社様、株式会社トランス・ニュー・テクノロジー様、デジタルリサーチ株式会社様の御協力をいただきます。
【注釈】
(注1) 「さっぽろ雪まつり」時の実証実験
NICTが新世代ネットワーク技術と放送技術の実証実験の場として、テストベッドネットワークJGN-Xを用いた実験フィールドを提供して行う。様々なプロジェクトが最新技術を持ち寄り、実験を行う。
(注2) 8K超高精細映像/4K高精細映像
8Kは現行のフルハイビジョンの約16倍にあたる3300万画素 (7680×4320画素) を持つ。様々なフォーマットが提案されているが、今回は8Kデュアルグリーン方式、フレームレート60P、10bit映像を扱い、必要なネットワーク帯域は24Gbpsになる。
4Kは2014年に試験放送が始まった次世代高品質テレビ規格のこと。様々な規格があるが、今回は映像業界での素材として用いられる4K60P映像と4K30P映像を利用した。
(注3) JGN-X
NICTが2011年4月から運用している新世代ネットワーク技術の実現とその展開のためのテストベッド環境のこと。JGN-X利用プロジェクトとして、2013年4月にKAITが「リアルタイム指向ネットワークコンピューティング技術を用いたストリーミングクラウド機能の検証」というプロジェクトを立ち上げ、奈良先端大も共同研究・実験を行っている。その他の参加組織は、NTT-IT、PFU、アストロデザイン、NTT未来ねっと研究所、池上通信機であり、共同で超高精細映像伝送・蓄積配信実験を進めている。2011年以前より、奈良先端大はJGN-Xの前身であるJGN2plusに10Gbpsで接続を行い、NTT未来ねっと研究所との間で各種の利用実験を行っている。
(注4) 4K映像伝送装置
NTT未来ねっと研究所の技術を基に、PFUからQool Tornado QG70として製品化されている。QG70は1台で非圧縮ハイビジョン素材(伝送レート1.5Gbps)を4本同時に送受可能な性能を有し、装置内の同期で4Kの非圧縮素材を送受信可能である。今回は、装置間の同期を行う事で、8K超高精細素材の伝送を実施する。
[参考URL]http://www.pfu.fujitsu.com/qooltornado/
(注5) 広帯域IP映像サーバ
NTT未来ねっと研究所の技術を基に、NTT-ITから「viaPlatz XMSサーバ」として製品化されている。本サーバ装置では、1台で4K60P (12Gbps) を蓄積・配信できる性能を有する。本サーバ装置を2台設置し、入出力装置として「viaPlatz 4Kメディアゲートウェイ」を4台使うことで、8K 超高精細素材の蓄積・配信を実現している。
[参考URL]http://www.viaplatz.com/
(注6) マルチキャスト
一対多で、一つの送信元から複数の宛先を持つグループに送信する仕組み。送信元から送信したデータを途中のノードで必要な宛先にのみ複製し、要求に応じて必要な伝送経路を選択する機能を持つため、最小限の帯域利用で効率的な伝送が可能となる。今回はマルチキャストルーティングプロトコルに PIM-SM (Protocol-Independent Multicast Sparse Mode) を用い、マルチキャストグループの切り替えによって、受信する内容を選択的に変更する仕組みを利用している。
(注7) 高精度なネットワーク計測技術
JGN-Xでは、高精度ネットワーク測定装置PRESTA 10Gを複数配置し、多面的な計測が可能な環境を用意している。PRESTA 10Gは、10Gbpsのキャプチャ・ジェネレータ機能を有する10ナノ秒粒度で測定可能なネットワーク測定システムであり、NTT未来ねっと研究所の技術を基にNTT−IT社から「viaPlatzストリームモニタ」として製品化されている。
(注8) IPsec
IPsecはインターネット上での安全な通信を実現するための方式で、IPネットワーク上での通信の端点と端点で暗号化と認証を行う。これにより、通信路上でのデータの盗聴や改ざんを防止することが可能となる。特定の通信のみを保護する方式と異なり、対象とするIPネットワーク上を流れる全ての通信を一元的に保護することが可能である。
(注9) SINET5
国立情報学研究所 (NII) が日本全国の大学、研究機関等の学術情報基盤としての構築、運用している学術情報通信ネットワーク。今回の実験では、2016年1月より構築を開始したSINET5を利用し、札幌・東京間、大阪・沖縄間の回線を担当した。