2018/09/20
人工知能によるうつ病の脳科学データの解析により抗うつ薬が
効かない患者群を予想できることを発見
【本研究成果のポイント】
- 現在のうつ病診断は、抑うつ気分、意欲低下などの臨床症状で行われていますが、客観的な診断法は未だ確立されていません。
- ベイズ多重共クラスタリング手法※1を用いて、うつ病患者を3つのグループ(サブタイプ)に分けることに成功しました。
- このうちの1つのグループでは、抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)※2に対する治療効果が低いことがわかりました。
- この結果から、うつ病患者の脳機能画像データ及び幼児期のトラウマ経験を初診時に評価することで、治療開始前にSSRIの治療効果を予測できる可能性を示唆し、脳科学データに基づく新しいうつ病の客観的診断・治療法開発への多大な貢献が期待されます。
【概要】
急増しているうつ病は休職や自殺などの要因であり、その社会的損失は甚大でその適切な診断と治療が喫緊の課題となっています。うつ病は脳の機能不全や身体的・心理的ストレスなど多様な原因で生じ、様々な症状を呈するヘテロな病気ですが、現在のうつ病診断はアメリカ精神医学会によるDSM診断で行われ、抑うつ気分、意欲低下などの臨床症状を担当医が主観的に判断することで行われていますが、客観的な診断法は未だ確立されていません。また、抗うつ薬治療も試行錯誤で行われており、治療に反応しない患者も3割程度存在することから、適切な治療選択および不要な薬物投与を防ぐためにも、脳科学データに基づく客観的診断法および抗うつ薬治療反応性予測法の開発が求められています。
本研究では、広島大学精神科で収集された、うつ病患者および健常者計134名のMRIを用いた脳機能画像解析データや脳由来神経栄養因子(BDNF)などの血中バイオマーカー候補物質と心理検査や問診結果に基づく臨床評価指標を統合解析することにより、人工知能の一つである機械学習を用いたデータ駆動的な解析により、うつ病のサブタイプを同定しました。
本研究では、筆者らがこれまでに開発した機械学習のベイズ多重共クラスタリング手法を用いてうつ病患者の多次元データをパターン解析したところ、右角回を中心とした脳のデフォルトモードネットワーク※3の安静時脳活動および幼児期のトラウマ経験により、うつ病患者を3つのグループ(サブタイプ)に分けることに成功しました。
さらに、このうちの1つのグループが、抗うつ薬であるSSRIに対する治療効果が低いことを明らかにしました。(下図参照)
この結果は、患者のMRI脳機能画像データ及び幼児期のトラウマ経験を初診時に評価することで、抗うつ薬の投与前にSSRIの治療効果を予測できる可能性を示唆することなり、脳科学データに基づく新しいうつ病の客観的診断・治療法開発への多大な貢献が期待されます。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム「臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)」(研究代表者:広島大学 山脇成人)の一環で行われました。 本研究成果は、英国時間の2018年9月20日午前10時(日本時間:9月20日午後6時)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
【論文情報】
掲載雑誌:Scientific Reports
論文題目:"Identification of depression subtypes and relevant brain regions using a data-driven approach"
(うつ病患者脳科学データの機械学習を用いたデータ駆動型アプローチによるうつ病サブタイプの同定)
著者:*Tokuda T1, Yoshimoto J1,3, Shimizu Y1, Okada G2, Takamura M2, Okamoto Y2, Yamawaki S2, Doya K1
1沖縄科学技術大学院大学、2広島大学大学院、,3奈良先端科学技術大学院大学
【用語解説】
※1 ベイズ多重共クラスタリング手法:
これまでに広島大学精神科の被験者の多次元データを用いて、奈良先端科学技術大学院大学および沖縄科学技術大学院大学の解析チームがベイズ多重共クラスタリング手法というデータの類似性にしたがって属性(評価項目)をグループ化し、各グループ内で被験者をクラスター化するデータ解析手法を開発した(Tokuda T1, Yoshimoto J1, Shimizu Y1, Okada G2, Takamura M2, Okamoto Y2, Yamawaki S2, Doya K1: 1Multiple co-clustering based on nonparametric mixture models with heterogeneous marginal distributions. PLoS One 2017 Oct 19;12(10): e0186566)。
※2 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI):
うつ病の治療において第一選択としてうつ病診療で最も頻用されている抗うつ薬の分類名称
※3 デフォルトモードネットワーク:
いくつか存在する脳の神経回路のネットワークの中で、何もしていない安静時に活動しているネットワークの名称。うつ病ではこの脳活動の異常が指摘されている。
【お問い合わせ先】
<本研究に関するお問い合わせ先>
広島大学 社会産学連携室・医歯薬保健学研究科
山脇 成人 特任教授
〒734-8551 広島県広島市南区霞1-2-3
TEL:082-257-5207 FAX:082-257-5209
E-mail:yamawaki@hiroshima-u.ac.jp
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
吉本 潤一郎 准教授
〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916番地の5
TEL:0743-72-5981 E-mail:juniti-y@is.naist.jp