
時代の変化に対応する融合領域の研究教育を拡充したい
本学は、文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」(総事業費55億円)に採択され、10年後の大学のビジョンである「人口減少社会の持続的発展に貢献する大学」の実現を目指して、動き始めています。そこで、4月に先端科学技術研究科長に就任した出村拓バイオサイエンス領域教授に、当面の研究教育体制の課題である融合領域の教育の拡充や産学連携の在り方などについて聞きました。
要石のようなまとめ役めざす
――先端科学技術研究科は、情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3領域からなり、加えて研究科附属デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)、研究科附属メディルクス研究センター(MLC)が一体になり、研究教育環境の共創に取り組んでいます。そのなかで、初代のCDGセンター長を務められ、現在、CDGとバイオサイエンス領域の教授を兼務されている出村先生の研究科長としての抱負を教えてください。
出村研究科長 この春までCDGセンター長を務めていましたが、昨年度からCDGが研究科附属のセンターに改組されたことで、研究科全体の中でのCDGの役割、共創をするための立ち位置について考えてきました。今回、研究科長に指名されたことで、研究科全体を俯瞰して研究教育を発展させるという重要な役割を担うことになり、大きな責任を感じています。
研究科を構成する各領域や研究施設には、それぞれの独自の考え方に基づく研究教育の取り組み方などの学問研究の文化があります。このような各分野の研究業績を築いてきた文化を尊重しながら意見を聞き、相互理解を深めて、最善の方向にまとめていく。要石(かなめいし)のような役割が果たせればいいと思っています。
異分野にも目を向けて
――本学の研究教育体制については、どのような課題がありますか。
出村研究科長 本学は、従来の専門分野が連係して変動する科学の課題に対応するための融合領域の研究教育を推進しています。その中で教育面では、高度な人材育成をめざす教育プログラム(融合プラグラム)として、膨大なデータの処理、分析を通じて新たな真理を発見するデータ駆動型科学の「データサイエンスプログラム」、生命科学とデジタル分野の融合を進める「デジタルグリーンイノベーションプログラム」を設けて対応し、成果を上げています。
ただ、「データサイエンス」の受講生は情報科学領域の学生がほとんどで、「デジタルグリーンイノベーション」はバイオサインス領域の学生が大半なのが現状です。3領域の融合をめざすプログラムの趣旨からも、他領域に興味を持つ学生を増やす仕組みづくりを手掛けていきたい。さらに、今後、様々な科学の解決すべき課題が浮上すると予測される中で、さらに多様な融合分野のプログラムが必要とみられ、新たなテーマを検討し、プログラムの拡充を考える時期にきていると思っています。
――こうした研究教育の課題の解決には、どのような取り組みが必要でしょうか。
出村研究科長 4月からスタートしているJ-PEAKSの活用です。この事業で本学は、「人口減少社会における研究開発力の維持・拡大」などを戦略目標に掲げていて、融合領域の研究教育の推進などの取り組みにとって、非常に大きな支えとなります。そこで、この事業を十分に活用していくには、個々の研究課題に各領域と附属センターであるCDGやMLCの研究グループがそれぞれどのように有機的に関わるかについて、その都度、調整することが極めて重要になってくるでしょう。
また、若手研究者同士の研究組織を越えた直接の異分野交流も融合分野の基礎研究力の向上につながるため、CDGでは「はばたく次世代」応援寄付プログラム(第一三共株式会社)により、「NAIST千手・文殊プロジェクト」(2025年度まで)を実施しています。「3人寄れば文殊の知恵」のように、研究課題に関する自由な議論の場を設けることで新たなつながりが生まれています。
さらに、新規の取り組みとしては、今年度からスタートした博士前期課程、博士後期課程の新入生対象の「高度情報専門人材育成コース」があります。最先端の高度な情報技術研究を軸に、幅広い科学の分野でそれぞれの研究を国際的にリードする人材、社会課題の解決に柔軟に対応する人材を養成するものです。これにより、産業界との連携も深まります。情報をキーワードにさまざまな分野が連係して研究成果を生み出すのが一つの大きな時代の流れと見られ、ベストの形で軌道に乗せていきたいと思っています。

全学的な取り組みの活性化を
――本学が力を入れている産学連携についてはどう考えていますか。
出村研究科長 個別の研究室単位の産学連携といえる共同研究はよく行われていますが、全学的な取り組みに発展したケースは、最近、少ないように感じています。本学は、2012年度から、「課題創出連携研究事業」というプロジェクトで、共同研究のテーマとなる社会課題を発掘する時点から、大手企業などと連携して検討する全学的な取り組みを進めてきましたが、現在は、一部の教員の努力に頼っている面もあると見られます。J-PEAKSの採択を大きなきっかけに、再度、産学連携に向けた全学的な取り組みの活性化を行うタイミングにきていると思います。
そのなかで本学と奈良県立医科大学が設立した、医工連携の研究では全国初の大学等連携推進法人「奈良先端医工科学連携機構」。この機構は産学連携の拠点としても望ましい流れを形成すると期待しています。
――出村研究科長は、木質バイオマスの道管の形成過程を遺伝子レベルで解明するなどの研究で知られます。東北大学大学院卒業後、東京大学助手、理化学研究所チームリーダーなどを経て、2009年に本学教授として赴任されました。その後も、大阪大学との共同研究で「光る植物」の開発に携わり、スタートアップを起業、大阪・関西万博に「光る植物」を出展するなどの活動を行っています。研究者としては本学の学生、若手研究者にどのようなことを望みますか。
出村研究科長 自分の能力や研究テーマの幅を広げるために、さまざまな未知の分野に積極的に挑戦し、経験を積んでほしいと思います。私の専門分野は植物科学ですが、異分野である建築学の研究者との共同研究で新たな研究の世界を開くことができたこともありました。挑まなければ、その機会は得られなかったでしょう。奈良先端大には、異分野融合研究やスタートアップ起業などを勧める風土があるだけに、未知の分野に踏み込みやすいと思います。
