NAISTに入るまで
フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学で化学を学びました。研究では、生物活性を持つ化合物の特定と評価に取り組んでいました。具体的には、ニンニク中の有機硫黄化合物と高血圧との関係について、ケモインフォマティクス、in silico、in vitroの解析を組み合わせて研究していました。
NAISTを知ったきっかけは、ここで博士号を取得していたアテネオ大学の卒業生たちです。コロナ禍の間、彼らの熱心な勧めに背中を押され、出願を決意しました。2021年12月に修士号を取得した後、2022年にNAISTの事前審査を受けました。先生方の温かい対応と、情熱を持つ研究者を支えようとする姿勢に強く感銘を受けました。出身や入学時のレベルがどうであれ、NAISTでは充実した教育プログラムによって、すべての学生が修了時には同じ高いレベルに到達できるようになっています。学生の成長に対するその真摯な姿勢に触れ、NAISTこそ自分が次のステップを踏み出すべき場所だと確信しました。
NAISTで分子生物学へと専門を移行したことは、歓迎すべき挑戦となりました。植物を「自然の化学者」として捉え、それぞれの植物が生存や成長に欠かせない独自の化合物を作り出している姿を目の当たりにしたことで、植物学を探究することは非常にやりがいのある経験になっています。
現在の研究内容と研究生活
現在の研究テーマは、ゼニゴケの細胞間隙形成における細胞骨格関連タンパク質の役割です。NAISTでの研究生活は、興味深くもあり、挑戦の連続でもあります。指導教員は定期的にディスカッションを行い、研究の方向性を導いてくれます。実験プロトコルが日本語の場合、先生が訳してくれるほか、私が学ぶべき重要なポイントを指摘してくれます。こうした手厚い指導のおかげで、言語の壁が日々の研究において大きな障害になったことはありません。
文化的な面では、研究室の雰囲気はフィリピンでの経験とは対照的だと感じています。フィリピンの研究室が賑やかで気軽な会話にあふれているのに対し、ここでは非常に効率的である一方、より静かで控えめな雰囲気があります。私の日本語力がまだ十分でないことも、こうした違いに影響しているとは思いますが、それだけでなく、職場での人間関係における文化的な違いも反映しているのだと感じます。
娘は2024年10月に学内の「咲いてく保育園」が開所したタイミングで第1期生として入所しました。今は4歳になり、連携園の「たかやまこども園」に通っています。保育園のスタッフはとても親切で協力的で、翻訳やコミュニケーションの面でも努力してくれているのが伝わってきます。特に感銘を受けたのは毎日の詳しい報告です。「今日は何を食べたか」「何時から何時まで何をして過ごしたか」を、時に写真付きで教えてくれます。フィリピンでは学期ごとの保護者面談くらいしかないので、これは大きな違いです。
研究環境の課題
NAISTは、難しくとも重要な研究課題に取り組むための強固なエコシステムを築いています。ただし、最寄り駅(学研北生駒駅)や登美ヶ丘駅までは徒歩で約30分かかるため、車を持たない学生にとっては移動手段が限られてしまいます。自転車を持つことは、この地域を移動する上で最も有効な投資の一つだと思います。
研究以外の面で健全なバランスを保つため、毎週必ずラボを離れる時間を作るようにしています。家族とともに、動物好きの娘のために公園や動物園、大阪や奈良といった街へもよく出かけます。信仰もまた、私にとって大切な拠り所です。カトリック教徒として、奈良市内で毎月行われる英語ミサに参加することは、精神的なリフレッシュとして欠かせないものであり、フィリピン人コミュニティとのつながりを保つための大切な機会にもなっています。
経済面では、奨学金だけで家族を支えることには特有の難しさがあります。基本的な生活費を賄うためには、アルバイトをする必要がありました。学内でのアルバイトの機会が、たとえ収入が少なくとも増えれば、子育て中の学生の負担は大きく軽減され、より持続可能な生活を送る助けになるはずです。総じて、NAISTでの経験は自分自身を大きく形作ってくれました。より強くしなやかな人間へと成長させてくれただけでなく、人生において本当に大切なものは何かを、より明確に理解させてくれました。