

画像に秘めたいのちの情報をAIで解析する
骨格筋を自動認識
体内の様子や病変を目の当たりにできるCT(コンピュータ断層撮影装置)など画像診断装置の生体画像データは医用情報の宝庫です。個人の承諾を得て提供された画像を収集、解析して、病気の原因究明や治療法の開発などに役立てる研究が行われています。さらに、膨大なデータを迅速に処理できるAI(人工知能)が、データ解析に導入されてからは、一層の進歩を遂げています。
「生体画像知能研究室」の大竹准教授は 「CTなどの生体画像を解析した情報に基づいてコンピュータ内に生体内の細部の様子まで表現できる仮想人体を作り、医療現場での診断から治療、予後予測まで幅広く役立つ知能情報システムの構築を目指してきました。8年ほど前から、大規模な多種類の画像データを素早く正確に処理できるAIが導入できるようになり、さらに研究テーマが広がりました」と説明します。
大竹准教授らは、AIを使い、人体の運動に関わる脚の筋骨格を構成する19種類の筋肉や3種類の骨について、それぞれの形状を3次元CT画像から素早く、高精度で自動認識する知能情報システムを構築しています。さらに、この技術を発展させ、一般的な検査で使われる単純X線画像の撮影だけで、骨の強度の指標となる骨密度が高精度に計測できるAIの開発に成功しました。病院などで骨粗鬆(こつそしょう)症の診断に使われる専用のX線画像診断装置やCTに匹敵する精度です。こうした精密で簡便な検査が普及すれば、超高齢社会で増加が予想される筋骨格に関わる病気の予防対策にもつながります。
X線画像をグレードアップ
このようなCT画像から骨や筋肉の形を分離して自動認識する研究は、大竹准教授、佐藤嘉伸名誉教授らの研究グループが世界をリードしてきたテーマです。多くの画像データから、筋肉の輪郭の認識に必要な処理を機械(コンピュータ)が自動的に学習する「深層学習」というAIの手法を使うことにより、輪郭の認識誤差を1ミリ以下(従来の3分の2)に、計算時間は、骨盤からひざまでの間の認識が約5分(従来の10分の1)と大幅に縮小し実用化できる段階に達しました。
また、骨や筋肉が平面に重なったX線画像だけから、骨の画像を分離し、高精度に骨密度を計測する研究は、検査回数や時間の短縮につながります。あらかじめ600人の患者から収集したX線とCTのペアデータに基づき、CT画像から骨格を分離して自動認識するAIの技術と、X線画像(2次元)と高精度のCT画像(3次元)のデータの対応関係をAIが学習して表示する技術を結びつける手法です。単純X線画像から、骨の部分だけを取り出した画像を生成し、CT画像から作った仮想X線画像のレベルに近づけることにより精度の向上を実現しました。
「こうした筋骨格の低コストで簡便、精密な検査を社会実装して普及し、健康寿命の延伸に貢献したい」と大竹准教授らは、奈良先端大発スタートアップ(第3号)の「MICBON」を立ち上げました。
ビッグデータを収集し活用
大竹准教授は「画像診断の支援にAIの能力を十分に有効活用するためには、全国規模で多種多様な装置で撮影された医療画像を収集し、データベースとして研究者に提供する必要があります。それは、医用画像解析の分野にも変革をもたらすでしょう」と強調します。大竹准教授が客員准教授を務める国立情報学研究所・医療ビッグデータ研究センターを中心に構築された「医療画像ビッグデータクラウド基盤」には、ネットでつながった大学病院から、個人の承諾を得たCTおよびMRI画像が送られ、データベースに格納されています。「生体画像知能研究室」では、この大規模データセットの解析に着手しており、「加齢に伴う運動機能の変化に関係する年代別、性別の筋肉内脂肪の密度の標準値を算出し、健康管理に役立てるなどのテーマで研究を進めています」。
一方、食べ物を飲み込むときの嚥下(えんげ)についても研究に着手しています。嚥下は舌や顎(あご)、舌骨、咽頭など多くの器官の筋肉や骨が複雑に関わって、素早く連動して働くため、詳細な動作の機構は判っていません。しかし、脳の損傷や筋肉の老化により、筋肉の協調のバランスが崩れ、誤嚥などが生じるケースが増えており、詳細な原因を究明したうえでの対策が急がれています。
そこで、大竹准教授らは3DCT画像を1秒間に10枚以上撮影して動画のようなデータが取得できる「4DCT」や、立ったまま撮影できる「立位CT」など新たな画像診断装置を使い、嚥下の仕組みの解明や誤嚥の予測の研究に挑んでいます。
さらに、大竹准教授はCT画像の解析の研究成果や手術、治療に関するデータベースをもとに、ベストの手術をデザインし提案する人工知能システムの研究も進めています。「例えば、個人の筋骨格の状態を判断して、どの位置に、どのような種類の人工関節を入れたらよいかを示唆します。全国どの病院でもベストの手術ができるようになればいいと思っています」と語りました。
あこがれのシベリア鉄道
大竹准教授は、小学生のころから、コンピュータ好きで、ゲームソフトのプログラムを組むなどして楽しんでいました。早稲田大学大学院理工学研究科に入学して医用画像と出会い、「計算機で体の内部の美しい画像が描けるうえ、医学に貢献できるのは素晴らしい」と研究に打ち込みました。卒業後は、東京慈恵会医科大学高次元医用画像工学研究所の助手・助教を経て、米ジョンズ・ホプキンス大学で6年間研究員を務めたあと、2014年に、本学准教授として赴任しています。
この間、2005年に開かれた「愛知万博」の目玉展示となった冷凍マンモスをロシアで受け取り、会場で展示するという大型プロジェクトに参画した経験があります。実は、大竹准教授は、1992年の高校1年生のとき、ロシア語の教師に勧められ、1年間、ロシアに留学しており、ロシア語が堪能だったのでメンバーとして選ばれました。「留学当時は、ソ連が崩壊してロシアになった直後でしたが、何の支障もなく、エキサイティングな経験をたくさんして、あこがれのシベリア鉄道で帰国しました。若い時は、何でも挑戦しておくものです」。趣味はスキーと子育てです。
全身の筋肉、脂肪の分布を探る
スーフィー助教は、CTやMRI(磁気共鳴画像法)の画像から、筋肉や脂肪の画像をAIで自動認識し、個別の部位を表示する方法で、全身の筋肉に含まれる脂肪の分布を調べ、加齢や性別によってどのように変化するかを3次元的に解析する研究を続けています。「これまでの研究では、背骨の周囲にあり、体幹を安定させる脊柱起立筋の脂肪の付き方が加齢によって変化し、男女差があることもわかってきました」と成果を披露します。「脂肪の体積が増えると、筋力が低下することも考えらえるので、トレーニングなど健康管理に役立つデータを突き止めていきたい」と話します。
シリア出身のスーフィー助教は、ダマスカス大学で医用工学を学びました。そのとき、日本に留学した教員の講義を聞き、日本での研究を決意したのです。九州大学大学院を卒業後、2018年に本学の助教になりました。また、スーフィー助教の妻は日本語など3か国語の通訳士です。留学準備のため、ダマスカス大学で日本語の授業を受けていたときに知り合って結婚し、共に来日しています。「日本の研究教育や生活環境は素晴らしく、子供のためにも日本国籍を取得しました」というスーフィー助教は、「崇風まあぜん」という日本語表記を論文に記すこともあります。

スーフィー・マーゼン助教
コク助教は、研究室で開発したX線画像をAIで解析し、骨密度や筋肉の体積を高精度で計測する手法の研究リーダーです。「今後は、筋力低下など筋骨格のさまざまな現象の解明に対応し、どのような装置で撮影したX線画像でもチューニングして解析できるような生成AIの基盤モデルを構築していきたい」と抱負を語ります。「変形性股関節症」という股関節の軟骨がすり減って痛みが生じ、歩行困難になる病気の進行状況をAIで診断するモデルの研究にも取り組んでいます。
中国・湖北大学出身のコク助教は、「生体画像の研究がしたい」とネットで検索し、本学に入学。博士後期課程修了後、4月に助教に就任しました。「眼前のことを精一杯やり遂げる」が信条です。趣味は卓球で、「脳の回転を回復する」ために、スマホのゲームに熱中することもあります。

コク・イ助教(取材当日はオンラインにて参加)
AI予測の精度が向上
中国出身の博士後期課程3年生、リー・ガンピンさんが取り組むのは、大腿骨頭壊死症という血行障害で発症する病気の重症度を自動的に分類するシステムの研究です。CT画像や病理データに加えて、年齢、性別など関連のテキストデータを入力して大腿骨の形状の変化を予測したところ、従来法より精度が8%上昇し、学会で発表しました。ガンピンさんは「日本の医用工学の成果は中国でも知られていて学部の先生に勧められ、NAISTに入学しました。これからも日本で研究を続けたい」と話します。
博士前期課程2年生の亀田惟仁(ゆいと)さんは、難病の「大腿骨頭壊死症」について、重症度の分類をAIで自動化する研究を行っています。「学会のガイドラインに基づいて診断するのですが、大枠はできていて最終段階の自動化に取り組んでいます。また、骨頭が圧壊する時期を早期に予測して防ぐ治療をすることも大切で、システム化していきたいと思っています」。
博士前期課程1年生の小倉和己(いずみ)さんは、食べ物を飲み込む時の嚥下の障害について調べています。食物は咽頭を通り抜ける時に、咽頭が収縮することによって食道内に押し込まれて通過しますが、嚥下障害があると収縮力が弱くなり、飲み込めません。そこで、咽頭の動きを4DCTで撮影し、AIによる画像解析で、咽頭の収縮状況を分かりやすく示したヒートマップを自動的に可視化し、定量的に解析する研究に着手しました。小倉さんは「これまで情報工学分野の研究を続けてきましたが、医療に貢献したいという思いが強く、何とか成功したい」と意欲を見せています。

リー・ガンピンさん

亀田 惟仁さん

小倉 和己さん