バイオサイエンス領域
植物再生学研究室 特任准教授
池内 桃子 Ikeuchi Momoko
植物の巧みな再生力の謎を解き、新たなパワーを生み出す
器官を生み出す細胞塊
植物は自らの細胞や組織を再生する能力では、動物をしのぐ芸当を身に付けています。例えば、組織や細胞を取り出し、植物ホルモンを加えて人工培養すれば「カルス」という細胞の塊になり、器官や植物体を新たに構築することができます。園芸の分野でも、木の切断面の再生・修復能力により別の枝をつなぐ接ぎ木や、木の枝の部分を切って地面に挿すだけで根を新生する挿し木の技術が知られていますが、詳細な仕組みは長く不明でした。
ところが、この10年の間に、植物の変幻自在な再生能力に関わる遺伝子が相次いで特定され、絶妙な仕組みの謎が急速に解き明かされはじめています。基礎研究の進展だけでなく、有用な作物の育種や効率的な物質生産にも直結する成果が期待されます。
こうした植物の再生現象を研究してきた池内特任准教授は、モデル植物のシロイヌナズナのカルスを使い器官新生のメカニズム解明に挑んでいます。科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業(2022年度開始)に採択されたテーマで「カルスという無秩序に細胞が集合した塊のなかで、再生能力を持つ細胞が選択され、秩序立って連携した組織が組み立てられるという謎を解明したい」と意欲を見せます。再生能力が強いカルスを遺伝子の発現の状況により効率的に判定するなど植物細胞のパワーを存分に引き出す技術開発にもつながる研究です。
再生を制御する遺伝子の特定に成功
実験材料のカルスは、まずシロイヌナズナの苗の茎(胚軸)の部分を切り取り、オーキシンという植物ホルモンを含む培地で人工培養して作ります。このとき、カルスの細胞は根にも、シュート(茎と葉)にもなり得る多能性を持っています。次いで、サイトカイニンという植物ホルモンを含む培地に移し替えると、今度はカルスの細胞がシュートになるよう運命付けられるという劇的な変化が起こります。そして、茎や葉の元になる幹細胞など植物の地上部のすべての細胞を生み出す分裂組織「茎頂メリステム」を形成するのです。
ただ、この茎頂メリステムは、カルスの組織の中のごく一部の細胞集団で作られ、しかも、どんな時にカルス組織のどの位置に作られるか予測不可能なので、変化を捉えるのが難しいという課題があります。そこで池内特任准教授は、特定の遺伝子の発現場所を蛍光タンパク質により可視化し、蛍光顕微鏡で追跡観察する方法を構築しています。これでカルス細胞が時間経過とともに茎頂メリステムを形成する様子を連続的に追跡することが可能になりました。さらに、カルスに含まれる様々な細胞を詳細に調べるために、カルスの組織を細胞のレベルまでばらばらにしたうえで、1細胞ごとに働いている遺伝子を網羅的に解析しています。これまでに、幹細胞であることを示す目印の遺伝子、幹細胞を維持する遺伝子など重要な遺伝子の検出に成功しました。
また、カルスから新たな器官を生み出す能力を促進あるいは抑制する制御に関わる遺伝子群を突き止めることにも成功しており、現在その解析を進めているところです。池内特任准教授は、2022年に接ぎ木の技術で器官を再接着させる際に重要な機能を果たす遺伝子(WOX13)を発見しており、この遺伝子についてもさらに詳しく機能の解明を進めています。
こうした研究は、植物細胞の有効利用の技術開発にも貢献できることが期待されます。池内特任准教授は「外来の遺伝子を導入せずに遺伝子を改変するゲノム編集の技術は、作物の品質を高めるために使われ始めています。ただ、有用な作物の中には、ゲノム編集が成功した細胞から個体を再生するのが難しいケースも多くあり、その原因を遺伝子レベルで明らかにし、育種の成果の向上につながる再生技術を生み出していきたい」と抱負を語ります。
夢見て行い、考えて祈る
「私にとって植物は、子供のころからずっと気になる存在でした。動けなくて動物より弱そうなのに、地球上で大いに繁栄しているところが興味深いと感じていました。また、図鑑を持ってハイキングに行って植物を観察するうちに、種によって異なる花や葉などの器官がどのように形作られているのか、を知りたいと考えるようになりました」と池内特任准教授。東京大学大学院理学研究科博士課程を修了したあと、理化学研究所、新潟大学を経て、2022年4月に奈良先端大へ。その間、植物の器官の形態形成や細胞リプログラミングをめぐるテーマに取り組んできました。研究にあたっては、大学院時代に恩師からかけられた言葉である「夢見て行い考えて祈る」を常に心がけています。大きなビジョンをもとに、実際に手を動かして実験し現象をよく観察すること、さらに得られた結果をもとに一生懸命考えることが重要、という研究の本質はいつの時代も変わらないと考えています。
また、着任したばかりの奈良先端大については「これまで外部から見ていて、トップレベルの研究者が集結して楽しそうに研究されているイメージを持っていました」とのこと。本学の学生たちとの新しい挑戦を楽しみにしています。趣味は山登りやハイキングで、屋久島や西表島を縦断した経験があります。仏像ファンでもあり、休日は奈良の寺院をめぐっているそうです。