平成20年度 学位記授与式を挙行(2009/3/24)

イベント報告 2009/03/26

3月24日(火)、ミレニアムホールにおいて学位記授与式を行い、先端科学技術の将来を担う407名の修了者を送り出しました。

授与式では、安田学長より学位記が手渡され、式辞が述べられた後、金森順次郎 財団法人国際高等研究所長及び福森孝司 本学支援財団専務理事より祝辞が述べられました。

また、本学支援財団が優秀な学生を表彰するNAIST最優秀学生賞の表彰を行い、12名の受賞者に同支援財団から賞状及び賞金が贈られました。

【修了者数】()内は短期修了者数。
○ 博士前期課程
・情報科学研究科 149名(4名)
・バイオサイエンス研究科 104名
・物質創成科学研究科 96名
計 349名(4名)

○ 博士後期課程
・情報科学研究科 23名(4名)
・バイオサイエンス研究科 15名
・物質創成科学研究科 18名(7名)
計 56名(11名)

○ 論文博士
・情報科学研究科 1名
・バイオサイエンス研究科 1名
計 2名

総計 407名(15名)

【安田学長式辞】
本日、奈良先端科学技術大学院大学の博士の学位を取得されました皆さん、おめでとうございます。本学の教職員、学生諸君を代表して、またご来賓の皆様とともに心よりお祝い申し上げます。また指導教員の皆様、そして日頃精神的、経済的な支援をいただきましたご家族の皆様にも心よりお祝い申し上げます。

本日、三百四十七名に修士の学位が、また五十八名に博士の学位が授与されました。本学が平成五年度に短期修了の修士の第一号の学位を出してから、本日で四千五百三十九名の皆さんに学位を授与しています。博士の学位は、平成七年度に短期修了者三名に授与してから、本日で合計八百三十七名になります。修了生の皆さんはそれぞれの分野で活躍されています。

皆さんは本日学位取得という人生の一つの目的を達成されました。皆さんの日頃の努力とその成果の結果、今日を迎えることができました。皆さんが、人生の一つの目的を達成したことに、是非自信と誇りを持っていただきたいと思います。同時に、ご家族や友人、指導教員、教職員、先輩や後輩などの周囲の暖かい支援があって今日を迎えられた感謝の気持ちを忘れないで下さい。

最近、毎日暗いニュースがテレビや新聞で報道されない日はありません。昨年、米国のサブプライムローン問題に由来する金融業界の財政状況が日を追って厳しいものになりつつあります。米国における企業の破綻と世界的な銀行の再編が報じられています。金融業界の低迷が実業の世界、製造業には及ばないとつい数ヶ月前には考えられていましたが、最近製造業においても不況が報道されています。身近には、採用予定者の取り消し、非正規社員の契約解除など、また世界に君臨していた米国自動車製造会社ビッグ三が政府資金の支援がなければ破綻するような状況を迎えています。自動車業界の世界トップに躍り出ると言われていたトヨタ自動車も、生産台数の大幅見直しと営業損益の赤字化などを公表し、経済界は大混乱を起こしています。今回の経済危機は「百年に一度」と言われています。私たちは実際に経験していませんが、千九百二十九年の世界大恐慌に匹敵するということです。 このように経済や政治は言うに及ばず、企業、大学等においてこれまで経験したことのない大きな変革の時代に突入しています。世界は政治、経済、教育など様々な局面で大きく変化しています。日本も例外ではありません。政治、経済などの分野において専門性に埋没するあまり「木を見て山を見ず」になっているのではないでしょうか。このような先行き不安な時代には、専門性を追求するだけでなく、広い視野から物事を見ること、統合力や総合企画的な能力も大切です。そのためには、広い視野を養うこととゆとりを持つことです。広い視野を養うには、古典を読むことがその一助になるでしょう。

「ファーブル昆虫記」を読んだ人あるいはこの本やファーブルの名前を聞いた人は多いと思います。ファーブルは十九世紀に南フランスで教師を勤めながら、独学で勉強し、膨大な昆虫の行動の観察記録を残した人です。彼は昆虫の行動の研究、当時の用語で言えば「本能」の研究をしました。昆虫記の目的についてこう述べています。「私はこの本を、本能とは何かという難問をいつの日か少しでも解いてみようとする学者や哲学者のために書いているのだが、それだけでなく、とりわけ若い人たちのために書くのだ。」

その本の中で、当時の生物学の研究に対し、「今の生物学の研究は細かいことにばかり観察して、本質的なことを見ていない」と述べています。ファーブルは、当時の先端科学の研究について、虫を無残にも殺し、ばらばらにして薬品を用いて細胞や原形質を研究していると言っています。一方、彼は青空の下でセミの歌を聞きながら、虫の本能の、もっとも高度な現れ方を研究していると言っています。研究者は死を詮索しているが、彼は生を探っていると述べています。ファーブルは、分析的な研究でなく、統合的な研究を進めていたのです。また、実際に観察だけでなく、昆虫の行動の仕組みを探るために実証的な実験を行った最初の一人です。例えば、ヌリハナバチという泥で巣を作るハチの帰巣本能の研究を行っています。観察に加えて、このような実験を行っています。ハチに周囲の情報を与えないように、紙袋に入れて四、五キロメートル離れたところまで運んで離す実験を行っています。早いものであれば二、三時間で元の巣に帰ってくることを実験で確かめています。極めて正確に巣の位置に帰ってきます。例えば、巣の位置を十センチほど移動すると、その十センチほど移動された巣は無視して、元の巣があった位置に帰ってきます。すなわち、元の巣の形を認識しているのではなく、巣の位置を記憶していることになります。また、この実験に関しては、「種の起源」で有名なダーウィンも書簡で実験を提案しています。ファーブル自身はダーウィンの進化論を信じていませんでしたが、昆虫の行動が学習ではなく、生得的で遺伝的なものであることを認めていました。彼らはお互いに尊敬していました。ダーウィンは「種の起源」の第五版で、「自分の理論は昆虫の行動の進化には適応できない」と明記しています。また、ファーブルはパスツールとも深い関係があります。パスツールは、生物の自然発生説を実験的に否定した研究や狂犬病のワクチンの開発で有名なフランスの科学者・細菌学者です。パスツールは当時の農家を悩ませていた蚕の微粒子病の研究を始めるにあたり、昆虫の知識がなかったためファーブルに昆虫の飼い方の助言を得ています。ファーブルの開拓した昆虫の行動の研究、学問領域は、約半世紀後に動物行動学として発展し、この分野で初めてノーベル賞が授与されました。フォン・フリッシュは、ミツバチが蜜のありかを同僚のハチに教える手段を調べ、有名なミツバチダンスを発見しました。ファーブルの昆虫記は、現在の科学でも説明できない昆虫の行動の観察記録の宝庫です。これからの研究だけでなく、様々な分野で専門性に加えて、全体を見る統合的な見方や学問が必要です。私たちはあまりにも細部に関心を持ち、全体像を理解することを忘れています。「木を見て森を見ず」とならないようにしましょう。

全体像を理解するにはゆとりも必要です。私たちの体は、活動とともに休眠が必要です。勿論、正常な生活を送るために必要な睡眠時間は個々の人によって違います。睡眠時間三時間でも平気という人もまれにいます。フランスのナポレオン皇帝や発明家として有名なエジソンは、平均三時間であったと言われています。優れた能力を持つ人は短時間の睡眠でよいかというとそうでもありません。例えば、相対性原理の発見で有名なアインシュタインは、平均十時間という長い睡眠を取っていたと言われています。しかし、大部分の人の平均の睡眠時間は七時間ぐらいです。なぜ睡眠が必要かは学問的にはまだまだ不明です。脳の成長は極めて早く、目覚めているときには脳細胞の活発な活動が必要ですが、一方、脳細胞の成長も必要です。細胞レベルの活動と増殖などあるいはエネルギー蓄積などが同時にはできないようです。成長ホルモンは目覚めているときではなく、睡眠中に分泌されるのです。学問的な裏付けとは別に、日本では古くから「寝る子は育つ」と言われてきました。経験の蓄積は、自ずと学問的な本質を突いていると言えます。心身の健康のためには十分な睡眠を取りましょう。

体と同じように、脳の活動も休養が必要であり、同じことに集中して繰り返し考えるよりも、頭を休めることが良いことが、心理学や認知科学で明らかにされています。そのためには、古典を読む、音楽を聴く、絵画を鑑賞するあるいは古寺を探訪するなどが挙げられます。来年の平成二十二年、西暦二千十年は、奈良の地に日本で最初の首都が平城京として設置されてから千三百年の年に当たります。平城遷都千三百年祭が平城京旧跡を中心に大々的に展開されます。平城旧跡では、現在、平城京時代の国家的儀式や行事を執り行った大極殿が、日本産の木材を利用し、古式の建築工具や技術によって復元されています。この平城旧跡を中心に、様々なイベントが計画されています。日本にはまだまだ古い技術や工芸品や行事が沢山残り、継承されています。三月の初旬には有名な東大寺のお水取りがあります。二月堂の「お松明」で有名です。正式名は東大寺二月堂修二会と言い南都伝統の宗教行事で、民衆のために人々の一年間の悪行を仏に懺悔する一連の行事の一つです。天平勝宝八年以来千二百五十年以上、第二次世界大戦中も休むことなく連綿と続けられてきた行事です。また例年、十月後半の時期に、奈良国立博物館で「正倉院展」が開催されます。聖武天皇の遺愛の品約六百数十点が東大寺の大仏に奉献され、校倉造で有名な正倉院に保管されました。これが正倉院の宝物の始まりです。また世界最古の木造建築物で有名な法隆寺があります。古都奈良の古寺に詣でることや様々な奈良の行事に参加するとともに、本学を訪問して、先生方と旧交を温めるとともに、本学での先端の研究成果などを吸収してください。本学は今後も常に新しい学問を進化させ、最先端の学問領域を開拓していきます。常に新しい研究成果を創出していきます。「温故知新、故を温ねて新しきを知る」と言います。古典といわれる本を紐解くことや古都奈良と第二の故郷としての本学を訪問し、心のゆとりを楽しむとともに最先端の動向を尋ね、総合力に磨きをかけてください。

皆さんが、グローバル化し、大きく変化しつつある職場で、世界の舞台で、未来を切り開き、大いに活躍されることを期待して、私のお祝いの言葉といたします。

本日は修士、博士の学位おめでとうございます。

平成21年3月24日
奈良先端科学技術大学院大学
学長 安田 國雄

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