研究成果 2019/05/14
奈良先端科学技術大学院大学 (学長: 横矢直和) 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の伊藤寿朗教授、中国南京大学のSun Bo(ソン・ボ)博士らと米国ペンシルバニア大の共同研究グループは、つぼみの中心部にある花の幹細胞が一定の数まで増殖したあと、使ってきた栄養を貯蔵するために増殖を止めるという重要な働きについて、その詳細な仕組みを世界に先駆けて明らかにしました。この成果により、花の大きさや数などが調節できるようになれば、園芸植物の花の改良や穀物類の増産などが期待できます。
花がおしべやめしべをつくり、次世代の種を残すためには、花の元となる幹細胞が十分に増殖した後に、それ以上の増殖を止めて、栄養を貯蔵する形に振り向ける必要があります。私たちはこれまでに幹細胞の増殖を助ける遺伝子の発現スイッチをオフにする複数の転写因子(タンパク質)の解析をおこなってきました。
遺伝子の本体である長いDNAはタンパク質であるヒストンに巻きつき、クロマチンと呼ばれるDNAが折りたたまれた構造を作ります。遺伝子発現がオンの時には、クロマチンは緩んだ構造をしており、逆に遺伝子発現のスイッチをオフにして、その状態を維持するためには、緩んでいるクロマチン構造をよりコンパクトに折りたたんだ状態に変えていかなければなりません。転写因子のひとつである「KNUCKLESタンパク質」は、幹細胞の増殖因子の発現をオフにすることはわかっていましたが、「どのような順序や方法でクロマチンに働きかけ、その構造と遺伝子の発現を変化させていくのか?」について詳しい仕組みは謎でした。
伊藤教授らの共同研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを使って実験を重ねた結果、最初の段階でKNUCKLES転写因子が、クロマチンの構造を開いた状態に維持するのに必要な因子(クロマチンリモデリング因子)の結合を阻害し、幹細胞の増殖因子の発現抑制に働くことを見いだしました。
さらに、このKNUCKLES転写因子は、ポリコム因子複合体という遺伝子発現の抑制に関わる因子と直接結合して幹細胞増殖因子の遺伝子座に導入することで、クロマチン構造をコンパクトに閉じた状態にしていました。つまり、1つの転写因子が多段階スイッチとして働いていることがわかり、その順序や仕組みを突き止めることができました。
ポリコム因子がKNUCKLESと同じDNA結合領域を持つ転写因子により導入されるという報告はこれまでに動物でもなされています。しかし、幹細胞の増殖抑制を多段階に行う仕組みはこれまで動物において報告されておらず、植物の非常に強い幹細胞の活性を押さえ込むために必要であると考えられます。本研究は、植物の進化や生き残り戦略を知る上でも重要です。
本研究の成果は2019年5月13日に米国の学会誌「The Plant Cell」に掲載されました。