神経を伸ばす分子の仕組みを解明 ~神経再生の治療法開発に期待~

2008/06/03

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学・バイオサイエンス研究科・稲垣直之准教授らの研究グループは、神経を伸ばす仕組みのキーポイントになるタン パク質を世界で初めて突き止め、米専門誌「ジャーナル・オブ・セルバイオロジー」6月2日号に発表する。(プレス解禁日時:日本時間6月3日午前0時)。 20年前に存在が予測されながら、謎だった神経の伸びる速度を調節する物質で、今後、脳卒中、脊髄損傷など神経細胞を障害した患者への再生医療での応用が 期待できるほか、がん転移など細胞の移動の仕組み解明にもつながると期待されている。
神経細胞は軸索という突起を長く伸ばし、他の神経細胞に近付 くことにより、複雑な神経回路網をつくる。20年前、米国のグループによって、伸びている軸索の先端に含まれる「アクチン」というタンパク質がエンジンの ような動きをすることが報告された。また、軸索の先端には路面をとらえるタイヤの役目を果たす「細胞接着分子」も存在することも分かった。そこで、神経を 伸ばす分子の仕組みとしてエンジンとタイヤを結びつけるとともに速度を調節する「クラッチ分子」が軸索の先端に存在すれば、エンジンの動きをタイヤに伝え て自在に神経が伸びるという説(クラッチ仮説)が提唱された。しかし、この様な「クラッチ分子」の正体は長らくわかっていなかった。
稲垣准教授ら は、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科の杉浦忠男准教授、京都大学医学部の渡邊直樹准教授、理化学研究所脳科学総合研究センターの上口裕之チーム リーダーとともに、稲垣准教授が発見した「シューティン」というタンパク質を調べた。面白いことに、シューティンは軸索先端でエンジン分子ともタイヤ分子 とも連結することが分かった。シューティンを減少させるか、シューティンとエンジン分子の連結を弱めるかすると、軸索先端におけるタイヤ分子の動きが遅く なり軸索の伸びが抑えられた。
また、逆にシューティンを増加させると、タイヤ分子の動きは早くなり軸索の伸びも早まった。このことから、シューティンが長らく謎だったクラッチ分子であると確認された(補足図)。軸索を伸ばすクラッチ分子の存在が明らかになったのは世界で初めてである。
シューティンは軸索が伸びる生後すぐのラットの脳で量が増加し、軸索の再生が起こらない成体では量が減少するという研究を裏付ける事実もわかっており、脊髄損傷や脳卒中後の神経再生の治療法開発につながる可能性がある。

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
細胞内情報学講座 稲垣 直之 准教授
TEL:0743-72-5441  FAX:0743-72-5449
E-mail:ninagaki@bs.naist.jp

【解説】
研究の背景
神 経細胞は軸索という突起を長く伸ばして神経回路網をつくる。1988年、米国エール大学のグループによって、伸びている軸索の先端で「アクチン」というタ ンパク質がエンジンのように動くことが報告された。また、軸索の先端にはタイヤの役目を果たすL1という「細胞接着分子」が存在する。そこで、エンジンと タイヤを結びつける「クラッチ分子」が存在すれば、エンジンの力をタイヤに伝えて軸索が伸びるという説(クラッチ仮説)が提唱された(補足図)。しかし、 軸索の先端で軸索を伸ばす「クラッチ分子」の正体は20年間わかっていなかった。一方、2006年に稲垣准教授らは「シューティン」という軸索を伸ばすタ ンパク質を発見していたが、シューティンが軸索を伸ばす分子の仕組みはわかっていなかった。

研究の手法
今回、シューティンがク ラッチ分子であることを突き止めるにあたって、細胞の1分子を見ることができる細胞内1分子計測法(京都大学・医学部・渡邊直樹准教授との共同研究)と微 小な粒子をレーザー光で捉えるレーザーピンセット法(奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科・杉浦忠男准教授および理化学研究所脳科学総合研究セン ター・上口裕之チームリーダーとの共同研究)という最先端の顕微鏡技術が大きな役割を担った。細胞内のエンジン分子とシューティンとの連結は1分子計測法 を用いて証明され、細胞表面のタイヤ分子の動きはレーザーピンセット法を用いて計測された。

結果
シューティンは軸索先端でエンジ ン分子ともタイヤ分子とも連結することが分かった。シューティンを減少させたり、シューティンとエンジン分子の連結を弱めたりすると、軸索先端におけるタ イヤ分子の動きが遅くなり軸索の伸びが抑えられた。また、逆にシューティンを増加させると、タイヤ分子の動きは早くなり軸索の伸びも早まった。このことか ら、シューティンが長らく謎だった「クラッチ分子」であると結論された(補足図)。

本研究の意義と位置づけ
軸索を伸ばす「クラッ チ分子」の存在が確認されたのは世界で初めてである。今回、軸索を伸ばすかなめとなるクラッチ分子が同定されたことにより、神経が軸索を伸ばす仕組みの解 明が大きく加速されることが期待される。また、クラッチの仕組みは、がん細胞の転移や白血球の浸潤といった細胞の移動にもかかわっていると考えられてお り、細胞移動の仕組みを解明してゆく上でも意義深い。

医療への応用
神経が軸索を伸ばす分子の仕組みは、神経再生の治療法開発にとって基盤となる知見である。軸索を伸ばす分子を発見し、その仕組みを一つづつ明らかとすることによって、神経軸索を伸ばす薬剤や遺伝子治療法のデザインが今後可能となってゆくと期待される。

※下記補足図の説明:
神経先端でアクチンは伸びる方向と逆向きに動く。この動きをシューティンが細胞接着分子に伝えると細胞接着分子も伸びる方向と逆向きに動く。タイヤの接地面が、路面をとらえて進行方向と逆向きに動くことで駆動力を発生するのと同じ原理で、神経が伸びる駆動力が生まれる。

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