次世代光通信のための高速光メモリーを初めて実現 ~「全光型」通信の実現に突破口開く~

2009/03/27

【概要】
次世代の光通信の実現には、直進する高速の光信号を自在に操り、一度に大容量の情報を扱える技術の開発が必要で、現在の光通信の限界を突 破するとされている。国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学(学長:安田國雄)物質創成科学研究科の河口仁司(かわぐちひとし)教授と片山健夫(かたやまたけお)助教および博士前期課程 2年の大井智裕(おおいともひろ)らの研究グループは、同時に複数の光信号を扱える記録素子である光メモリー(光RAM)の開発に世界で初めて成功した。 河口教授らは、これまで世界最高速、最低エネルギーで処理できる記録素子を開発し注目を集めており、今回はこれを4個接続しこれまでの4倍の4ビット(1 ビットは情報の最小単位)の情報を同時に処理するメモリーができることを証明し、さらにビット数を増やせる可能性を示した。この成果により、光メモリーの 処理能力が大幅にアップし、超高速、大容量の光通信が期待できる。この研究成果は、2009年3月22日から3月26日まで、米国・サンディエゴで開催さ れ、世界の光通信、光エレクトロニクスの研究者が集まる 光ファイバ通信会議(OFC: Optical Fiber Communication Conference)で発表した。

現在の光通信では、情報処理の際、光信号をいったん電気信号に変換し処理した後、光信号に戻していた ため、処理速度の高速化や消費電力の低減が、近く限界に達するとされていた。大量の情報処理や記録をすべて光信号のままで高速に記録・読出しできる「全光 型」の記録素子は、電気信号への変換を介さないので、この限界を突破できる。

平成19年10月25日に同研究グループは、「光通信の速度 限界を突破」として1ビットの光メモリー動作を発表したが、ビット数の拡大が可能な構成により4ビットメモリーを実現したことは、光信号の中継や分岐の際 に使う光交換機などの超高速化の実現に向けて大きな前進であると言える。全光型のRAMは、現在の通信速度(テラビット、テラは1兆)の1000倍も速い ペタビット(ぺタは1000兆)の通信には不可欠な技術である。

河口教授が研究を行ってきた光メモリーは、回路を伝わってきた光信号を、 直接に半導体レーザが受けて、縦か横かどちらか一定の方向に振動する偏光を放って、「0」か「1」かに相当する2進法の数値を示すことで情報を入出力する タイプ。この光メモリーは出力パワーに対して弱い入力で動作するため、光メモリーの出力を連結した別の光メモリーの入力にすることにより、信号を移動させ る方式にしたことが成功に結びついた。

本研究は、総務省戦略的情報通信研究開発推進制度・ICTイノベーション創出型研究開発「長波長偏 光双安定面発光半導体レーザを用いた全光パケットスイッチノードに関する研究開発」および文部科学省科学研究費補助金・特定領域研究・新世代光通信へのイ ノベーション「偏光双安定面発光半導体レーザを用いた全光型信号処理」の研究の一環として、河口教授らが行ったものである。

【内容】
年 率1.4倍にも及ぶインターネット通信量の増大にともない、通信の経路を切りかえるルータ(交換機)の高速化が必要になっている。現在のルータでは光ファ イバを伝送されてきた光信号を一度電気信号に換え、電子的に処理した後、再び光信号に換え、光ファイバに送り出している。この技術の延長では信号処理速度 が近い将来限界に達する。又、通信のために消費される電力も、通信量に比例して増加しており、2030年頃には現在の日本の総発電量に相当する電力が通信 のためのみに必要となると言われている。

次世代の光通信システムに必要な毎秒ペタビットクラス(10の15乗ビット)の処理速度をもつ光 ルータ(光交換機)では、電気的な処理を行わない全光型の信号処理が必須と言われている。河口教授らの研究グループでは、そのシステムのキーデバイスとな る光メモリーの実現のために、半導体レーザから出力される光の偏光(光の振動の向き)を切り替えることで実現する偏光双安定スイッチングと呼ばれる独自の 手法を研究している。今回この光メモリーを、現在の光通信で用いられている光の波長である1.55 μm帯で動作させ、並列と直列に接続して4ビットのメモリーをはじめて実現し、さらなる大規模化も可能であることを明らかにした。

同グ ループはこれまでに、素子作製が容易な0.98 μm帯の面発光半導体レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)を用いて研究を進め、スイッチ速度が7 ps(ピコ秒 1兆分の1秒)で、スイッチエネルギーが0.3 fJ(フェムトジュール フェムトは1000兆分の1)という、世界でも最高速、最低エネルギーの動作を確認するとともに、光メモリー動作を実現してき た。さらに、0.98 μm帯VCSELとは異なる半導体材料を用いた実際の光通信システムで利用可能な1.55 μm帯VCSELで同様の偏光スイッチ・メモリー動作を実現してきた。VCSELは通常の半導体レーザとは異なり、LSIと同様に半導体基板上に2次元的 に集積化が可能で、システムの小型化に適しているという利点をもつ。今回、光通信で使用できる光RAMの多ビット化を実現したことにより、次世代の高速光 通信システムの実現に大きく近づいた。

【解説】
現在の光通信で使用されている光ルータ(光交換機)は、送られてきた光信号をフォ トダイオードで電気信号に変換し、その電気信号をコンピュータによって処理した後に、半導体レーザによって光信号に戻して適切な宛先に送信している。しか し、現在の毎秒テラビット(10の12乗ビット)クラスの光ルータにおいても、電子回路の速度限界や消費電力の増大が問題となっており、次世代の光通信シ ステムと言われている毎秒ペタビット(10の15乗ビット)クラスの光ルータにおいては電気信号に変換せず、光信号のまま入力、処理、出力する全光型信号 処理が必要とされ、研究が進んでいる。ルータを全光化する際に、重複した入力信号の衝突を回避するため、信号を一時保存しておくバッファメモリーとして用 いる全光型RAMの実現化が最も困難とされている。

河口教授らの研究グループでは、面発光半導体レーザの偏光双安定特性に着目し、光ス イッチや光メモリーへの応用の研究を進めてきた。この光スイッチは、例えば90°の偏光の向きで発光しているレーザに、それとは垂直な0°の光を入力する と、出力光の向きが0°にスイッチし、入力光を消してもその発光状態が保持されるので記憶装置になり得る。この偏光スイッチは、1)電気的な制御ではな く、光をそのまま入力として用いて出力光を制御できる、2)通常の光出力の有無によるスイッチング動作ではなく、光は出力されたまま向きが切り替わるた め、高速かつ低エネルギーでスイッチング動作する、3)単一の素子で受光、メモリー、発光の機能を有している、4)通常の集積回路と同様に2次元集積化が 可能なため、モジュール化など実用システムへの親和性が高いという特徴を有している。

連続した光データ信号列のうち、記録したい信号ビッ トと同時に同じ偏光のセット信号光パルスを面発光半導体レーザに入力するとANDゲート動作(用語解説参照)により、その特定の信号ビットが面発光半導体 レーザの偏光として記録され、書き込み・消去・読出しが任意のタイミングで可能な光RAMとなる。今回、このタイプの光RAMは、出力光パワーより弱い入 力で動作することを明らかにし、出力を別のVCSELへ直接入力して、信号の転送が可能なシフトレジスタ動作(用語解説参照)を実現した。並列化したシフ トレジスタ動作により、4個の面発光半導体レーザに4ビットの情報を記録する光RAMの多ビット化を初めて実現した。

【研究の位置づけ】
全 光型のメモリーに関し、次世代の通信システムのキーデバイスとなるため、世界中の様々な研究機関や企業によって研究がなされている。それらの研究の中で VCSELの偏光双安定性を用いた本研究は、高速かつ低エネルギーというメモリーとしての基本特性が優れていることに加え、単一の素子で受光、メモリー、 発光の機能を実現し、さらに集積化が容易というシステム応用への親和性が優れているという特徴を持っている。さらに、出力パワーに対して約 1/10,000の弱い入力パワーで動作するため、メモリー同士を高価な光増幅器を使用することなく接続でき、拡張性に優れている。光RAMの大容量化の 研究では、メモリーを並列に接続する手法は他の研究機関においても多く提案、研究されている。しかし、光RAMの大容量化を図る際に、並列化の個数を増加 するだけでは、入力信号光強度を強くする必要があり、さらに高速動作が必要な入力回路を大規模・複雑化する必要があるという問題がある。直列に接続する構 成のシフトレジスタ動作も可能であることを示した本方式は、並列化の規模を低減し、光RAMの構成の自由度を増すだけでなく、後段のVCSELは低速動作 で良いため、光RAMシステム全体として低消費電力化が可能な点は大きな特徴である。また、河口教授らの独創的な研究であり、全光型メモリーの研究の中で も最も先導的なものである。今回の多ビット化は、4ビット動作であるが、並列と直列の接続ともVCSELを増加することに原理的な問題がないことが明らか になったので、さらなる大規模化も可能である。今後、スイッチング速度や動作可能な波長範囲、スイッチングエネルギーを詳細に評価した後、光メモリーモ ジュールを作製することにより、より実用に近づいた高速光ルータの実現が期待できる。

【用語解説】
●面発光半導体レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)とは
板 状の半導体ウエハの側面から光を出力する通常の半導体レーザとは異なり、ウエハの表面から光を出力する、日本で発明、実用化が行われた半導体レーザ。半導 体ウエハ上に2次元的に並べて作製できるため、大量生産が容易で、さらに低消費電力で動作するため、光通信用の光源としてだけでなく、近年光学式マウスや CDプレーヤーの光源としても多く用いられている。

●VCSELの偏光双安定性とは
光は電磁波の一種であり、進行方向に垂直な向 きに振動している。半導体レーザから出力される光は、一般にこの振動の向きが固定された直線偏光となる。VCSELでは光を出力する部分の形状を自由に設 計でき、矩形にすることによりその辺の向きに沿った直線偏光を出力できる。さらに、VCSELを駆動している電流を変えたり、外部から光を入力することで 偏光の向きを90度回転して、別の辺に沿った偏光にスイッチすることができ、かつ一度スイッチするとその偏光状態を安定に保つ。このように2つの状態(こ の場合は偏光の向き)で安定になることを双安定性といい、メモリーに必須の特性である。

●ANDゲート動作とは
2つの入力と、1 つの出力をもつ回路において、2つの入力へ同時に信号が入力された場合にのみ信号が出力され、一方の入力へのみ信号が入力されても信号が出力されない回路 の動作。VCSELの偏光スイッチは、ある強度(しきい値)より強い光が入力された場合にのみスイッチングが起きる。そこで、データ信号光のみではスイッ チングが起こらないが、データ信号とセット信号の光強度が足し合わされた時にしきい値を超えるように強度を設定することで、偏光双安定VCSELがAND ゲート動作を行う。

●シフトレジスタ動作とは
1つのビットメモリーの出力を別のメモリーの入力へ接続し、記録されている情報が直 列につながった複数のメモリーをバケツリレーの様に移動(シフト)していく動作。ビットメモリーを並列に並べて、信号を記録するタイミングをわずかにずら して、異なったタイミングの信号を記録することで光バッファメモリー全体の容量を増やす手法が多く提案されているが、この手法では入出力回路が複雑にな る。そこで、シフトレジスタ機能を併用する。バッファメモリーの入力と出力以外のシフトレジスタとして用いる偏光双安定VCSELは、低速、低出力で十分 なため、バッファメモリーの省エネルギー化にも効果がある。

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