異常タンパク質を効率良く処理する仕組みを解明 糖尿病、アルツハイマー病など病気の治療薬開発に期待

2009/04/24

【概要】
細胞の中で、変形した異常タンパク質が蓄積した場合、異常タンパク質を修復したり、分解したりして処理するシステムが駆動し、その毒性か ら細胞を守っている。奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科動物細胞工学講座の河野憲二教授と柳谷耕太大学院生(現博士研究 員)は、異常タンパク質の蓄積に応じて、この処理システムを効率よく駆動させる仕組みを明らかにした。異常タンパク質の蓄積は、糖尿病やアルツハイマー病 など多くの病気の誘因になるものであり、異常タンパク質処理システムを効率よく駆動する仕組みを明らかにする今回の研究は、これら疾患の病因解明や治療に も貢献できると期待される。この成果は平成21年4月24日付けの米国科学誌Molecular Cell(Cell Press)に掲載された。
す べてのタンパク質は多数のアミノ酸が連なったひも状の分子として合成され、正しい形に折り畳まれることにより、正常な機能を獲得する。コラーゲンやインス リンなどの分泌タンパク質は小胞体という細胞の小器官で折り畳まれるが、細胞がさまざまな異常環境に晒されると、小胞体の働きに障害が生じ、折り畳みが不 完全な異常タンパク質が小胞体の内部に大量に生み出されることとなる。この様な異常事態に応じて、細胞は小胞体の異常タンパク質の修復や分解を行う分子の 合成量を増大させるシステムを駆動させて異常タンパク質の毒性から細胞を守る(図1参照)。
これまで、異常タンパク質応答(小胞体ストレス応答と も呼ばれる)機構の最も重要なステップとして、小胞体に存在する異常タンパク質を感知するセンサー分子(IRE1)が、XBP1と呼ばれる遺伝子のメッセ ンジャーRNAから余分な配列(イントロン)を切り取り、完成型のメッセンジャーRNAを作り出す反応が知られていた。完成型のメッセンジャーRNAがで きれば、機能をもつ転写因子XBP1が合成され、細胞は異常タンパク質の修復や分解を行うシステムを駆動することができる。しかし、センサーとメッセン ジャーRNA両者がどの様に出会うかについては今まで全く明らかになっていなかった。
河野教授と柳谷院生は、XBP1メッセンジャーRNAと小胞 体にあるセンサーIRE1が出会うメカニズムの解明に取り組んだ結果、イントロンを除去される前のメッセンジャーRNA(XBP1前駆体メッセンジャー RNA)から合成されるタンパク質を錨のように利用して、自身のメッセンジャーRNAを小胞体から離れないようにしていることが分かった(図2参照)。さ らに、XBP1前駆体メッセンジャーRNAが小胞体上に留まることでIRE1が感知した異常タンパク質蓄積という情報を効率よく伝え、異常タンパク質処理 システムを効率良く駆動することが明らかとなった。

この発見は異常タンパク質が蓄積した情報を素早く伝達する仕組みを明らかにしただけでなく、メッセンジャーRNAの新たな局在化機構を見出した点でも興味深い。
 
【解説】
[説明]
  タンパク質はアミノ酸が連なった一本のひもとして合成され、最終的に正しい形に折り畳まれて機能を持つようになる。熱ストレスや糖飢餓やウィルス感染など の環境ストレスに細胞が晒されると、折り畳みが不完全な異常タンパク質が細胞に蓄積することが知られている。異常タンパク質の蓄積は細胞に強い毒性を示 し、最終的には細胞を死に至らしめる。この様な状態に陥るのを防ぐために、細胞は蓄積した異常タンパク質を感知し処理するシステムを駆動させて、危機を乗 り越える。
 細胞外に分泌されるタンパク質は小胞体と呼ばれる細胞小器官の内部で折り畳まれ、成熟する。小胞体においても、異常タンパク質の蓄積 を感知し、これらの異常タンパク質を処理するシステムを駆動する情報伝達機構が存在する。異常タンパク質が蓄積すると、小胞体膜上の異常タンパク質セン サー(IRE1)が活性化し、細胞質でXBP1前駆体メッセンジャーRNAのイントロンを取り除いて成熟させる(この過程を細胞質スプライシングと呼んで いる)。成熟したXBP1メッセンジャーRNAからは機能的な転写因子が合成されて、小胞体の異常タンパク質処理に関わる分子の合成を促進して、異常タン パク質による毒性から細胞を守る。これまで、IRE1がXBP1前駆体メッセンジャーRNAをスプライシングすることは分かっていたが、細胞質を漂ってい るように予想されるXBP1前駆体メッセンジャーRNAが小胞体膜上のIRE1とどの様に出会うのかについては全く明らかとされていなかった。

[実験方法と結果]
  河野教授と柳谷院生は、まず、XBP1前駆体メッセンジャーRNAが細胞内で存在する場所に着目した。生化学的手法で細胞質成分と小胞体膜成分を分離し、 XBP1前駆体メッセンジャーRNAがどちらの成分に含まれるかを調べたところ、小胞体膜上に存在することが分かった。つまり、前駆体メッセンジャー RNAは積極的に小胞体膜に留まっているということである。IRE1は小胞体膜に存在するので、両者は効率よく出会えることが予想される。この考えを支持 するように、XBP1前駆体メッセンジャーRNAから合成されたタンパク質は小胞体膜に結合する性質を持つこと、逆にそのタンパク質を合成できないように すると、メッセンジャーRNAは小胞体膜上に留まれなくなること、がわかった。これらの結果と、メッセンジャーRNAからタンパク質が合成される際に両者 が一時的に繋がった状態で存在すること(図2参照)を考慮し、XBP1前駆体メッセンジャーRNAはこの時に自身が作るタンパク質を錨のように利用して小 胞体膜上に留まっていると結論した。さらに、XBP1前駆体メッセンジャーRNAは積極的に膜に留まることでIRE1が発する命令を効率よく伝え、小胞体 に蓄積した異常タンパク質を処理するシステムを効率よく駆動することが明らかとなった(図1)。

[本研究の意義]
 これまで、 メッセンジャーRNAがある場所に局在化する場合、そのメッセンジャーRNAから作られるタンパク質をその場所に局在化させるのが目的であると考えられて きた。本研究では、むしろメッセンジャーRNAをある場所に局在化させるために、タンパク質を利用するといった新しい概念のメッセンジャーRNA局在化を 見出すことができた。
 異常タンパク質の蓄積は、アルツハイマー病、ポリグルタミン病、糖尿病などの原因となると考えられていることから、本研究で見出した異常タンパク質の処理を効率化する仕組みをさらに研究することで、これらの疾病の治療薬開発に寄与する可能性がある。

【補足説明】
○ 小胞体:細胞の中に張り巡らされた膜で覆われた小器官で、分泌タンパク質や膜タンパク質はここで合成され折り畳まれて、目的地に輸送される。
○ メッセンジャーRNA:DNAの遺伝情報をコピーし、タンパク質を作る場へと情報を伝えるRNA。伝令RNAとも呼ばれている。
○ スプライシング: DNAからメッセンジャーRNAが作られるさいに、タンパク質情報が書き込まれていない不要な部分(イントロン)だけを取り除くプロセ スで、通常核内で行われる。今回発表する細胞質スプライシングは前者とは異なる機構で起こる特殊なもので、一度作製されたメッセンジャーRNAがストレス に呼応してさらに細胞質でプロセスされる過程をいう。
○ 転写因子:DNAに働きかけ、遺伝情報のメッセンジャーRNAへの転写を促進あるいは抑制する因子

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