2010/02/12
【概要】
細胞が分裂するためには、二本の遺伝子DNAがねじれ合わさった二重らせん構造がいったんほどかれ、それぞれがコピーされる必要がありま す。このさいに「DNAをほどく(巻き戻す)」という重要な作用をするのが、ヘリカーゼとよばれる一群のタンパク質酵素です。そのひとつ「ウェルナーヘリ カーゼ」は、老化とのかかわりでひときわ大きな注目を集めてきました。その働きの仕組みを、国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)情報 科学研究科の北野健助教、金善龍研究員、箱嶋敏雄教授の研究チームが明らかにしました。
大型放射光施設Spring-8を使った実験によ り、タンパク質の表面から突き出したナイフのような構造が、DNAの二本鎖をこじ開けて分離させていることを明らかにしました。さらにウェルナーヘリカー ゼの異常が、「ウェルナー症候群」という日本人に多い早老症の病気を引き起こす理由を示しました。この成果は、2010年2月10日発行のストラクチャー 誌(Cell Press、アメリカ)に掲載されました。
早老症は、若くして全身の老化が急速に進むまれな病気です。そのひとつウェル ナー症候群では、ウェルナーヘリカーゼというたったひとつのタンパク質に異常が生じることで、二倍もの速度の老いが進行します。しかしDNAをほどくタン パク質は他にも知られており、ウェルナーヘリカーゼの異常が細胞の早期老化に結びつく理由は不明でした。
北野助教らは、X線結晶構造解析 という手法を用いて、DNAに作用している状態のウェルナーヘリカーゼの三次元構造を、世界で初めて決定しました。この結果、同タンパク質には特殊な 「DNA巻き戻しナイフ」が備わっており、リンゴの皮をむくような精妙な動きで、二重らせんを巻き戻していることが明らかになりました。さらにこの巻き戻 しナイフは、入り組んだ形状のDNAをほどくのに絶好のかたちであることが分かりました。ウェルナーヘリカーゼは、老化の原因となるDNAの絡まり、特に 細胞寿命を調節しているテロメアDNAの解きほぐしを助けることによって、早老症の予防に重要な役割を果たしていると考えられます。
今回の発見は、タンパク質が私たちのからだを急激な老化から守っている仕組みのひとつを、三次元構造で分かりやすく示したものです。早老症疾患の治療法を探るうえではもちろん、一般人の老化に伴う病気(特にがん)に対しても、新しい情報を与えるものと期待されます。
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報生命科学専攻 構造生物学講座
北野 健 助教
TEL:0743-72-5573、FAX:0743-72-5579、E-mail:kkitano@is.naist.jp
【研究の背景】
早 老症は、文字通り若くして全身の老化が急速に進む珍しい病気です。最近はドキュメンタリー番組で海外のハッチンソン・ギルフォード症候群患者(プロジェリ アともよばれ、出生後すぐに老化が進む)が紹介され、社会にも広く知られるようになってきました。しかし早老症疾患として日本人に身近なのは、実はウェル ナー症候群とよばれるもうひとつの遺伝病です。患者数は世界で数千人と推定されていますが、現時点で7割を日本人患者が占めています。この病気は、ウェル ナーヘリカーゼとよばれるタンパク質の異常が原因で引き起こされますが、発症の仕組みはよく分かっていませんでした。
【実験手法】
タ ンパク質と早老症の関係を突き止めるため、健康な人のウェルナーヘリカーゼをX線結晶構造解析で調べました。二本鎖DNAに結合したウェルナータンパク質 の中心部分(RecQドメイン)を結晶にし、兵庫県佐用町の大型放射光施設Spring-8でX線を照射することにより、分子のかたちを調べました。
【実験結果】
X 線解析の結果、ウェルナーヘリカーゼがDNAをほどき始めた状態を、三次元で明らかにすることができました(図1左)。このタンパク質は「DNA巻き戻し ナイフ」と名付けた突き出した構造をもっており、ちょうどナイフでリンゴの皮をむくように回転しながら、DNAを巻き戻していることが分かりました。ウェ ルナーヘリカーゼは、通常のタンパク質ではほどくことのできない特殊な構造のDNA(ホリデイジャンクションとよばれる4本鎖の中間体や、染色体末端のテ ロメア;図1右)を解きほぐすことで注目されてきましたが、その働きの秘密はこのDNAナイフにあったのです。
【研究の意義】
健 康な人でも日常生活で遺伝子は傷つき、老化やがんの原因となります。なかでもテロメアは細胞の寿命を調節している重要な部位ですが、ループ状の入り組んだ かたちをとっているため、通常のタンパク質だけで長さを維持することは困難と考えられています。今回見つかったウェルナータンパク質のDNA巻き戻しナイ フは、染色体の複製時にテロメアなどの入り組んだDNAを正しくほどくための、精巧な道具として使われていると考えられます。
【今後の展開】
ウェ ルナー症候群ではウェルナーヘリカーゼが変異しているため、テロメア長の欠落を招きやすく、からだの老化がはやく進んでしまうと考えられます。短くなった テロメアを治療する技術はまだありませんが、引き続きタンパク質のかたちを調べていけば、その本来の長さ、すなわち細胞の若さを保つ秘訣が見えてくるかも しれません。またウェルナーヘリカーゼの働きを制御するとがんの増殖が抑えられることも報告されており、今後は一般人の抗がん剤開発に向けた応用も期待さ れます。
【用語解説】
・ウェルナー症候群
早老症疾患のひとつ。発見者のオットー・ウェルナーに由来する。出生後 すぐに症状が現れるプロジェリアとは異なり、10代なかばから全身の老化が急速に進む。平均寿命は46歳。治療法は見付かっていない。日本では数百人に一 人がウェルナー症の潜在的な保因者、すなわち発症しなくてもウェルナー遺伝子に変異を有すると推定されている。
・DNAヘリカーゼ
DNA 二重らせんを一本にほどくタンパク質で、いくつかの種類がある。ウェルナーヘリカーゼのアミノ酸配列は、ブルーム症候群(幼少期にがんを頻発するまれな疾 患)のブルームヘリカーゼ、およびロスムンド・トムソン症候群のRECQ4ヘリカーゼと似ており、総じてRecQファミリーヘリカーゼとよばれる。今回の 研究で、ブルームヘリカーゼにも同様のDNA巻き戻しナイフがあることが示唆された。
・テロメア
染色体の末端部にあるDNA領域 で、細胞が分裂するたびに短くなっていく。「老化時計」などと比喩される。昨年(2009年)、ノーベル医学生理学賞のテーマに選定された。電子顕微鏡で 見るとテロメアループとよばれるループ状の構造が観察され、ウェルナーヘリカーゼがないとうまくほどけないと考えられている。
・X線結晶構造解析
タンパク質やDNAを結晶にし、X線ビームを照射することによって分子の三次元構造を決