2010/03/18
【概要】
植物は病原菌の感染を認識するために2種類の受容体を持っている。そのひとつは、病原菌の細胞壁成分であるキチンなどのオリゴ糖(少糖 類)やフラジェリンなどのペプチド(タンパク質の断片)を感知し、殺菌作用がある活性酸素の生成など様々な防御反応を展開することが知られている。奈良先 端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科の陳楽天研究員、島本功教授(植物分子遺伝学講座)らの研究グループは、植物が病気に対して 耐性を持つために必要な免疫受容体が細胞内でタンパク質を合成する小器官「小胞体」において成熟し、細胞膜へと効率よく移行して防御反応を行うことが重要 であることを世界に先駆けて発見した。さらに、受容体の成熟と細胞内輸送には、タンパク質の形を整える複数の細胞質シャペロンの存在が不可欠であることも 突き止めた。この成果は、セル ホスト&マイクローブ 誌 (Cell Press社、アメリカ) の平成22年3月17日付けの電子ジャーナル版に掲載された。
この発見から耐病性に関わる遺伝子が明らかになること により、この遺伝子を手掛かりにイネの最重要病害であるいもち病や白葉枯病に対する耐病性育種に応用できる。それだけでなく、世界中の様々な作物の生産に 莫大な損害をもたらす病害の克服が可能になり、「病気に強い植物」の開発に貢献できる。さらに、耐病性技術の向上により、作物生産を安定化させ、爆発的な 人口増加に伴う食糧問題を解決に貢献できると同時に、バイオ燃料の安定供給に向けたバイオマス植物の開発の基盤技術としての応用も期待される。
【研究の内容と意義】
植物は、病原菌の感染について、受容体を介して認識し、様々な抵抗性反応を誘導する。この反応は動物における自然免疫応答と似ていることから「植物自然免 疫反応」と呼ばれる。植物自然免疫反応を引き起こすための病原菌の認識は2種類の受容体によって行われており、そのひとつはレセプターキナーゼ(受容体リ ン酸化酵素)型であり、病原菌の持つさまざまな細胞成分を認識する。このタイプの受容体は動物の自然免疫に関与するTLRと呼ばれる受容体と構造が似てい る。植物免疫受容体の細胞における移行についてはこれまで、エンドサイトーシス(細胞内取り込み)と呼ばれる、細胞膜から細胞内への移行が知られていたの みであり、最終的に存在する細胞膜へ運ばれて行くしくみについてはまったく不明であった。もうひとつのタイプの受容体は細胞内に存在するNB-LRR型で ある。
島本教授らは、まず、イネの免疫反応を開始する分子スイッチとして知られるGTP結合タンパク質OsRac1に結合するHop/Stiと 呼ぶタンパク質を同定した。さらに、Hop/Stiは、キチン糖を認識するイネのレセプターキナーゼ型免疫受容体CERK1に結合することを見出し、さら に熱に反応するヒートショックタンパク質として知られるHsp90が、受容体CERK1と結合することも発見した。Hop/Sti を過剰発現させたイネに、重要病害であるいもち病菌を感染させると、そのイネはいもち病に対して強くなることがわかった。逆に、Hop/Stiの機能を RNA干渉法で抑制すると、イネはいもち病菌に対して弱くなった。これらのことからHop/Stiは植物免疫において重要な因子であることがわかった。 イネ細胞を用いてCERK1受容体の輸送を詳細に観察したところHop/StiとHsp90は細胞内の小胞体においてCERK1受容体と複合体を形成し、 近接する小器官であるゴルジ体を経て細胞膜へと移行することが明らかになった。受容体の細胞膜への移行を阻害すると免疫反応が低下することもわかった。つ まり、植物免疫受容体の細胞内輸送にはHop/StiやHsp90など構造を整えるシャペロンの機能が重要であることがわかった。さらに細胞膜に運ばれた 受容体を含むタンパク質は植物免疫を制御する複合体「Defensome(デフェンソーム)」を形成し、様々な免疫反応を引き起こす。
【解説】
どうして植物免疫研究は重要なのか
世界の人口は爆発的に増加しており、現在65億人である世界人口が2050年には約91億人に達する。現在、すでに開発途上国を中心にした飢餓や貧困問題 が山積し、食糧問題を解決するための抜本的な対策が望まれている。作物生産における最重要課題は、病害による損害の軽減である。国内においても、病害によ る作物の損害は莫大であり、イネのいもち病や紋枯病、ジャガイモの疫病、ハクサイの根こぶ病など早期に解決すべき数多くの重要病害の課題を抱えている。中 国では、多収性を重視して育成されたハイブリッドイネがいもち病や白葉枯病により大打撃を受けているほか、病害によるジャガイモの損失量は全世界で 7,000万トンにも上り、それは14億人分にも相当する。さらに、世界規模での化石燃料などのエネルギー資源の枯渇が予測され、エネルギー植物の開発が 期待されているが、植物の免疫機構を含め解決すべき問題は多い。本発見は、耐病性誘導の分子機構の理解を進め、バイオ燃料の開発や作物生産の安定化に大き く貢献できるものと考えられる。
【用語解説】
・シャペロン
タンパク質と結合しその構造や機能を安定化する働きを持つタンパク質の総称でHsp90は有名。
・免疫受容体
病原菌の持つ成分を特異的に認識し防御反応を引き起こすタンパク質。細胞膜に存在するタイプと細胞内に存在するタイプが知られている。