ニコチン量をコントロールするマスター遺伝子をタバコから発見 ~植物に含まれる有用天然成分の生産性改良への応用が期待される~

2010/10/26

【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科 植物遺伝子機能学講座 橋本隆教授と庄司翼助教らは、タバコ植物で 生理活性物質ニコチンが作られるために必要な全ての遺伝子をコントロールするマスター遺伝子を発見した。また、低ニコチン蓄積タバコ品種ではこの遺伝子が 欠損していることを見出し、キーになる遺伝子であることを裏付けた。今後、この遺伝子を使い、タバコに含まれるニコチン量の調節や、天然の薬など新たな有 効成分の作成への応用が期待できる。

近年、ニコチン含有量が低いシガレットが好まれることから、ニコチンをほとんど蓄積しないタバコ品種 が育種されている。こうした低ニコチン品種では、どのような原因によってニコチン含量が低くなっているのかは不明であった。今回、タバコの染色体上のある 場所で非常に良く似た遺伝子が並んで存在していることを突き止め、一方で低ニコチン品種ではこれらの遺伝子が7個以上無くなっていることが判明した。これ らの遺伝子はニコチンを作る反応などをつかさどる多くのタンパク質が蓄積するのをコントロールするマスター遺伝子であり、オーケストラの指揮者のような働 きをしている。この成果は、平成22年10月20日に米国植物科学誌プラント・セル電子版に掲載された。

このタバコのマスター遺伝子は、ニチニチソウ植物で抗がん性化合物の合成をコントロールするマスター遺伝子と非常に良く似た構造をしていることから、同様のマスター遺伝子が種々の有用・薬用植物で薬理作用を持つ化合物の合成をコントロールしている可能性が出てきた。

【解説】
タ バコは紀元前より宗教的儀式の一部として人類に利用されてきており、現在でも多くの喫煙者がいる。タバコ葉の主要な生理活性物質はニコチンである。ニコチ ンはタバコ植物が虫などの食害を防ぐために葉に蓄積する化合物であり、虫害に応答して根でつくられた後、葉に移動して蓄積する。害虫がタバコ葉を食べる と、傷害ホルモンであるジャスモン酸が作られ、この植物ホルモンの働きが根に伝えられて、ニコチン合成が根で盛んになる。タバコ植物には、低ニコチン含量 品種が1960~70年代に育種され、現在もその低ニコチン形質が広く市販タバコ製品に利用されている。これまで、低ニコチン品種の原因遺伝子が何か、ま た、ジャスモン酸の情報がどのようにニコチン合成を盛んにするのか、不明であった。

【実験の手法、結果】
低ニコチン品種の原因を 探るために、通常品種と低ニコチン品種の根でどのような遺伝子が発現しているかを詳しく調べ、通常品種では発現しているが、低ニコチン品種では発現してい ない遺伝子リストを作成した。このリストから、低ニコチン蓄積の原因遺伝子である、NIC2遺伝子座ERF転写因子を見つけ出した。遺伝子組換えタバコ培 養根を用いて、このタバコERF転写因子の発現を抑えたり、過剰に発現させたりさせたところ、この処理に応じてニコチン合成に関わる酵素遺伝子や輸送体遺 伝子が全て発現抑制や発現促進された。すなわち、このタバコERF転写因子はニコチン合成のマスター制御因子であることが判明した。このタバコERF転写 因子はジャスモン酸の働きにより遺伝子発現が誘導されることから、虫害により生成されるジャスモン酸のシグナルを害虫防除の作用があるニコチンの合成に結 びつける、重要な仲介役をしていると考えられる。


【本研究の意義】
タバコのニコチン合成をコントロールするマスター遺伝 子が見つかったことから、これまで育種されてきた種々の低ニコチン品種がこの遺伝子の変異であるかを簡単に調べることができ、新たな低ニコチン品種を迅速 に育種することができる。また、このマスター遺伝子の働きを人工的に改変することにより、ニコチン含量が高い、または低いタバコ植物系統を作出することが 可能である。
このタバコのニコチン合成に働くマスター遺伝子は、ニチニチソウ植物の抗がん性化合物の合成をコントロールするマスター遺伝子と非常 に遺伝子配列が似ていた。すなわち、タバコとニチニチソウでは虫害に由来する傷害ホルモンジャスモン酸のシグナルを防虫性化合物の合成促進に同じようなマ スター遺伝子を使っていた。このことは、他の薬用植物由来の生理活性化合物の合成にも、同様のマスター遺伝子が使われている可能性を示唆している。今後、 このタバコERF転写因子の遺伝子情報を参考にして、薬用植物から薬効成分の合成をコントロールするマスター遺伝子がクローニングされることが期待され る。

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