2010/10/12
【概要】
国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)バイオサイエンス研究科 植物遺伝子機能学講座の橋本隆教授と中村匡良博士研究 員は、米国カーネギー研究所のエアハルト博士との共同研究で、植物細胞の形を決めている細胞内部の構造タンパク質(微小管細胞骨格ポリマー)が誕生する仕 組みを突き止めた。生きた植物細胞内でこのタンパク質を蛍光標識して、移動する様子を詳細に追跡することにより明らかにした。バイオ燃料として期待される セルロースは微小管に沿って形成されることから、管の配置などを操作することで高品質のバイオマスの生産に結びつきそうだ。
生物に広く存 在する生体ポリマー(高分子)である微小管はチューブリンというタンパク質の構成ユニットが筒状に細長く連結して生成する。多くの動物細胞では1つの中心 体から放射状に伸びた微小管が作られるのに対し、中心体を持たない植物細胞では細胞膜に散在した多数の点から微小管が作られる。しかし、どのように微小管 生体ポリマーが作り出されるのか不明であった。
今回の研究では、微小管が誕生する際に核となるタンパク質の集合体を緑色蛍光タンパク質(GFP) で標識することにより、新たな娘微小管が元の親微小管上で誕生し、ハサミタンパク質の働きで両者が切り離されて、元の微小管から遠ざかってゆく過程が詳し く解析された。この成果は、平成22年10月10日付けで英国ネイチャー系の細胞生物学専門誌ネイチャー・セル・バイオロジーの電子版に掲載される(プレ ス解禁日時:日本時間 平成22年10月11日(月)午前2時)。
植物細胞の微小管は細胞膜の内側で二次元ネットワークを形成し、セル ロース繊維がこの微小管ネットワークに沿って作り出される。セルロース繊維は植物細胞に強度を与え、細胞の形をつくりだしているだけでなく、低炭素社会の エネルギー源として有望視されているセルロース系バイオマスの主成分となっている。本研究成果は植物の形がどのようにつくりだされるかを理解するうえで重 要な発見であるとともに、バイオエタノールに加工しやすいセルロース系バイオマスの開発にも貢献すると期待される。
【説明】
生 きた細胞内でポリマー重合体がその構成成分であるモノマー(単量体)・ユニットからいつ、どこで、どのように合成されるかは、厳密にコントロールされてい る。このコントロールに重要な役割を果たしているのが微小管が伸長する出発点になるポリマー重合核であり、この重合核が細胞のどの場所にいつ出現して、ポ リマー合成可能な状態にどのようなメカニズムで活性化されるかにより、生体ポリマーの形成するパターンが左右される。植物細胞の重要な生体ポリマーである 微小管細胞骨格の形成メカニズムにはまだ明らかにされていない点も多く、特に微小管がどのように誕生するのかよくわかっていない。
【実験の手法】
植 物細胞の微小管重合核を緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し、微小管ポリマーを赤色系蛍光タンパク質で標識した。生きた植物細胞で微小管とその重合核を 同時に顕微鏡観察し、両者の位置関係、動きをムービーに撮って追跡観察した。この観察は通常の植物細胞と、微小管を切断するハサミタンパク質(日本刀のカ タナからカタニンと命名される)遺伝子が壊れている変異体植物細胞の2種類を使って行い、両細胞での観察結果を比較した。
【実験の結果】
細 胞内を高速で漂っている微小管重合核は細胞膜で一時的に動きがストップする。その場所に微小管が存在する場合には、微小管上に留まって、新たな娘微小管を 枝分かれとして形成する。しかし、ハサミタンパク質の働きにより娘微小管が切り離されたり、微小管が本来持つ分解活性により娘微小管が消失したりする場合 には、微小管重合核は親微小管上から離れるか、分解されるかした。この微小管形成モデルは、微小管上に留まった重合核が微小管重合能力を持つように活性化 されることを示唆している。
【本研究の意義】
植物細胞の外側はセルロース繊維を主成分とする細胞壁で覆われており、樹木などの強 固な組織を作ったり、種々の形の細胞を生み出したりしている。セルロース繊維がどのように細胞壁内に分布するかは、細胞膜直下に張り付いている微小管(表 層微小管と呼ばれる)がセルロース合成酵素の動きをコントロールすることにより、決められる。すなわち、表層微小管がどのようなパターンで細胞膜に張り付 いているかが植物細胞の形を決める主要因である。表層微小管がどのように誕生するかは、セルロース繊維、ひいては植物細胞の形が作られるメカニズムに結び ついており、植物科学の重要な課題である。
一方、とうもろこしなどの食料と競合しない、セルロース系バイオマスをバイオエタノールの供給源とし て利用しようとする動きは世界中で活発化しており、セルロース繊維が植物細胞でどのようにつくられるかが、盛んに研究されている。微小管細胞骨格やセル ロース繊維の合成メカニズムが明らかになれば、それらの合成を人為的にコントロールし、バイオエタノールの生産効率を向上させることが期待される。