動作電流が1ミリアンペアー以下、世界最少消費電力の全光型メモリーを実現 ~大幅な省エネを実現、グリーンICTを大きく前進~

2011/09/14

【概要】
データを光信号に載せることで、高速、大容量で送信できる光通信は、次世代型として、光信号を通信の途中で電気信号に変換することなく、 すべて光信号で行い情報処理を高速化する「全光型」の研究が進んでいる。その仕組みのカギとなる素子で、光信号のまま記憶する半導体レーザー(スイッチン グ・メモリー素子)の動作電流を大幅に削減し、省エネ化することに、国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学(学長 磯貝彰)超高速フォトニクス研究室の河口仁司教授と片山健夫助教らの研究グループが成功した。動作電流が1ミリアンペアー以下で、現在、もっとも省エネ性能が優れている素子の4分の1と格段のレベルで世界最高性能を実現した。

これまでに研究されてきた全光型スイッチング・メモリー素子は消費電流が大きく、大規模システムを構成した場合、全光型通信システムのメリットである電気=光変換回路の削減による低消費電力効果を相殺してしまう恐れがあった。

河 口教授が研究してきた光メモリーは、通信回路を伝わってきた光信号を直接、半導体レーザーが受け、一定の方向に振動する偏光の形で情報を入出力するタイ プ。半導体レーザー内の電流の通り道を絞り込む酸化狭窄構造によって低電流化に成功した。社会の持続的な成長のためにICT(情報通信技術)を従来よりも 一層活用することが重要であるが、本技術によりICT自体のグリーン化(Green of ICT)を進展することが出来る。この研究成果の詳細は、2011年9月13日から北海道大学(北海道札幌市)で開催される「2011年電子情報通信学会 ソサイエティ大会」で発表する。

また、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成23年度先導的産業技術創出事業(若手研究グラント)に片山助教が提案した「光通信波長帯面発光半導体レーザの 偏光双安定特性を用いる全光シフトレジスタ型メモリの集積構造モジュールの実現」という研究課題が採択され、平成23年10月よりこの素子を基盤要素技術 として用い、高速・低消費電力な光メモリーモジュールを実用化するための研究を開始する。(プレス解禁日時:平成23年9月13日(火)午前0時)

【ポイント】
動作電流が0.85ミリアンペアー(世界最少)の全光型スイッチング
・メモリー素子を半導体レーザーで実現。
半導体レーザー内の電流の流れを絞り込み、低電流化を実現。
全光型通信システムの大規模集積の際、消費電力が増加する問題の解決に寄与。
ITC自体のグリーン化(Green of ITC)に寄与。

【内容】
イ ンターネット通信量は毎年25%ずつ増加し続けており、通信の経路を切りかえるルータ(交換機)の高速化が必要になっている。現在のルータでは光ファイバ を通して伝送されてきた光信号を一度電気信号に換え、電子的に処理した後、再び光信号に換え、光ファイバに送り出している。この技術の延長では信号処理速 度が近い将来限界に達する。また、通信のために消費される電力も、通信量に比例して増加しており、2030年頃には現在の日本の総発電量に相当する電力が 通信のためのみに必要となると言われている。

次世代の光通信システムに必要な毎秒ペタビットクラス(10の15乗ビット)の処理速度をも つ光ルータ(光交換機)では、電気的な処理を行わない全光型の信号処理が必須と言われており、その実現のためのデバイス・システム開発が活発に行われてい る。しかし、光信号を処理する全光型デバイスを駆動する電流が、数ミリアンペアーから数十ミリアンペアーと通常の電子デバイスと比較して大きいという問題 がある。

河口教授らの研究グループでは、そのシステムのキーデバイスとなる光メモリーの実現のために、面発光半導体レーザー (VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)から出力される光の偏光(光の振動の向き)を切り替えることで実現する偏光双安定スイッチングと呼ばれる独自の手法を研究している(図1)。 この技術は1つの半導体レーザーで、受信、メモリー、送信の3つの機能を有しており、高速・低エネルギーで動作し、集積化が可能という特徴を有している。 平成19年10月25日に同研究グループは、「光通信の速度限界を突破」として1ビットの光メモリー動作を発表し、平成21年3月9日に「次世代光通信の ための高速光メモリーを初めて実現」としてその光メモリーを直列と並列に接続することにより拡張可能な方式を提案し、世界最大容量の4ビットメモリーを実 現したことを発表した。

今回、VCSELの低消費電力化に有効な手段として電気の通り道を狭めて、効率を上げるために酸化電流狭窄構造 を、この全光型スイッチング・メモリー素子へ導入し、低駆動電流化と偏光双安定性の実現を両立させることに成功した。図2に示す様に、VCSELは種類の 異なる半導体薄膜を積層し、活性層(電子を光に変換し、増幅する領域)や発生した光を共振させる反射鏡により形成されている。活性層の近くに、酸化狭窄層 という酸化されやすい半導体の層を配置し、高温で水蒸気をあてると周辺部より酸化が進む。酸化された領域は電気抵抗が高くなり、酸化されていない中心部に 電流が集中して流れるようになり、少ない電流でも効率的にレーザー発振が起こるようになる。この構造を0.98 μm帯の波長の光を出力するVCSELへ導入したところ、0.85ミリアンペアーの駆動電流(消費電力 1.7ミリワット)で、光パルス入力により発振偏光を切り替える全光フリップ・フロップ動作を実現した(図3)。この結果は、これまで世界最少であったゲ ント大(ベルギー)によるリングレーザーを用いた全光型フリップ・フロップの駆動電流の3.5ミリアンペアー(消費電力 5.3ミリワット)(Nature Photonics, 4, p.182, 2010)を大きく下回るものである。

単一の全光型機能 素子の研究は活発になされており、今後はその集積化が重要な課題となってくる。VCSELは表面側で発光するのが特徴なため、2次元集積化されているう え、河口教授らの研究グループで実現されたシフトレジスタ機能を有する全光型バッファーメモリーは、VCSELとマイクロレンズやマイクロミラーなどの光 学素子を組み合わせた3次元集積化が可能である。今回、集積化する際の問題の一つであった消費電流の増大が解決されたことにより、実用を目指した高速光 ルータの実現が期待できる。社会の持続的な成長のためにICTを従来よりも一層活用することが重要となっているが、本技術によりICT自体のグリーン化 (Green of ICT)を進展することが出来る。

【関連リンク】
・以下は論文の書誌情報です。
片山, 健夫; 河口, 仁司. 酸化狭窄偏光双安定VCSELを用いた全光フリップ・フロップのサブmA動作. 電子情報通信学会ソサイエティ大会. 2011年9月13日

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