ポリマーがカーボンナノチューブを可溶化する過程のリアルタイム観測に初めて成功-カーボンナノチューブ実用化の鍵となる技術の進展に大きな貢献-

2013/02/19

【概要】
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)環境再生材料ユニット(ユニット長:葉 金花)NIMS-天津大学連携研究センター(センター長:葉 金花)の内藤 昌信主幹研究員と奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:磯貝 彰)のグリーンフォトニクス研究プロジェクトチーム(代表:河合壯)は、次世代材料である単層カーボンナノチューブ1)にポリマー(分子の重合体)が巻き付く過程をリアルタイムで解析することに世界で初めて成功しました。

2. カーボンナノチューブは、有機材料を使うソフトエレクトロニクスや、化学センサー・燃料電池など、環境に優しいグリーン・ライフサイエンス分野での様々な 用途が期待されている新しい材料です。しかし、水や有機溶媒に極めて溶けにくいことがカーボンナノチューブの基礎研究や実用化の際にボトルネックとなって いました。その有力な解決手法として、ポリマーに包んで溶かす「ポリマーラッピング2)」が盛んに研究されていますが、ポリマーがカーボンナノチューブの 周りにどのような機序で巻き付くか、その結果、どのようにナノチューブが可溶化していくかをリアルタイムで観測することはできませんでした。

3. 本研究では、タンパク質やDNAなどの生体分子の瞬時の動的な構造変化を解析する手法の一つである「ストップトフロー法3)」を採用し、カーボンナノチューブの動的なポリマーラッピング挙動の解析に初めて成功しました。

4. 本研究成果は、溶媒に溶かすことが困難であったカーボンナノチューブをポリマーに包んで可溶化するという量産化、実用化に向けたカギとなる技術でありなが ら従来未解明だったメカニズムを明らかにするもので、新たな可溶化剤の開発など効率的な生産に結びつくと期待されます。

5.本成果は、日本時間平成25年1月17日に米国の科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開されました。

【研究の背景】
21世紀を担う基幹材料:カーボンナノチューブ
カー ボンナノチューブはシリコンや化合物半導体と並ぶ第3の基盤材料の一つとして注目されています。すでに、化学素材、燃料電池、エレクトロデバイス、化学・ バイオセンサなど、様々な分野に応用されています。カーボンナノチューブの実用化のボトルネックの一つは、溶解性の乏しさにあります。可溶化できれば、塗 布して用いることが可能なナノ配線や、ナノドラッグデリバリーなど広い実用化が可能になります。可溶化の問題を解決する手法の一つとして、ポリマーでナノ チューブを包んで溶かす「ポリマーラッピング」が盛んに研究されています。特にこれまでの研究では、カーボンナノチューブが溶けない原因を作っている表面 の電子の状態『パイ共役平面4)』と分子間相互作用5)しやすいDNAやパイ共役高分子4)などを中心として様々なタイプのポリマーラッピング剤が提案さ れてきました。しかし、ポリマーがカーボンナノチューブ表面にどのような機序で巻き付いていくかという過程はブラックボックスのままでした。そのため、ポ リマーがカーボンナノチューブに巻き付き、可溶化していくさまをリアルタイムに観察することができれば、カーボンナノチューブ可溶化の仕組みの解明に先鞭 をつけるだけでなく、より効率的なポリマーラッピング剤の分子設計にも大きな指針を与えることができます。

【成果の内容】
これま で内藤らは、シリコン原子が線状に連結した究極のシリコンナノ細線「ポリシラン6)」(図1)は、単層カーボンナノチューブをラッピングすることによっ て、立体的な姿が変化することを見出してきました*)。このポリシランは、DNAやタンパク質などの生体高分子に光学的な性質がよく似ており、立体的な姿 の僅かな変化を、UV吸収スペクトルの変化としてリアルタイム観測できるという特徴があります(図2)。本研究では、ポリマーラッピングの経時変化をス トップトフロー法でモニタリングした結果、3段階の過程を経ながらポリシランが徐々にカーボンナノチューブの表面に自発的に秩序ある構造をつくって巻き付 く自己組織化の過程を明らかにしました(図3、図4)。特に、混合してから数ナノ秒以内に起こる高速な構造変化は、タンパク質の折り畳みで近年注目されて いる「爆発相(Burst phase)7)」と同一の現象と捉えることができ、このような多段階吸着が人工高分子で観察されたのは、今回の結果が初めてです。
*)2008 年11月17日論文発表 "Stiffness- and Conformation-Dependent Polymer Wrapping onto Single-Walled Carbon Nanotubes", Journal of the American Chemical Society, 2008, 130 (49), pp 16697-16703
これまでカーボンナノチューブのポリマーラッピングは簡便かつ 高効率な可溶化技術として数多く報告されています。しかし、カーボンナノチューブの表面にポリマーがどうして自発的に巻きついていくのか、その駆動力につ いては未解明のままでした。原因解明を困難にする原因の一つは、カーボンナノチューブの曲がった平面の上に吸着したポリマーの立体構造や相互作用を正確に 評価することが非常に困難であるという点にあります。その問題を解決する方法として内藤らは、"ポリシラン"に注目しました。ポリシランを使うメリットは 2つ有ります(図2)。
(1) ポリマーの硬さやらせんのねじれ方といった立体構造を、アルキル側鎖の分子設計で自在に操ることができる。 
(2) ポリマーの立体構造の情報が、シリコン主鎖の紫外吸収の波長や吸光係数に鋭敏に反映される。すなわち、UVスペクトルさえ測定出来れば、カーボンナノチューブの曲率平面上に形成された超薄膜でも、立体構造を精密かつ簡便に評価することができる。
このような炭素系ポリマーでは見られないポリシランに特徴的な性質を高分子の立体的な姿を検出するためのプローブとして利用することで、"ポリマーラッピング"の駆動力の一つとして、高分子の剛直性や立体構造という"幾何学的"なパラメータを新たに提唱してきました*。
先 行研究では、カーボンナノチューブにポリシランをラッピングさせる手法として、ボールミル粉砕による固体反応を用いたため、ラッピングの動的過程を明らか にすることはできませんでした(図3)。今回の改良点は、カーボンナノチューブとポリシランがそれぞれ溶解する溶媒を精査したことで、ラッピングを混合溶 液中で起こすことができるようになったことです。そのため、ポリマーがナノチューブに巻き付いていく様子を分光測定でリアルタイム追跡できるようになりま した。今回の成果はいわば、ポリマーがカーボンナノチューブにラッピングしながら立体的な姿が変化する姿を、高速ストロボカメラで撮影できたのと同じこと になります。
動的挙動の解析には、タンパク質の折り畳み構造の解析に用いられる動力学の手法を導入しました。これにより、カーボンナノチューブと ポリシランを混合してから約30ミリ秒以内に高速な吸着現象が起こり、その後、ポリシランがナノチューブの表面に自己組織化するために、さらに2段階の立 体構造変化を引き起こすことを見出しました(図4)。
高分子鎖が安定構造に変化する際に、高速なフォールディング過程で大まかな立体構造変化が起 こり、その後、多段階的に安定な精密立体構造に収束していく折り畳みモデルは、タンパク質やDNAの機能発現を司る重要な機構として、近年ホットなトピッ クスとなっています。このような生体高分子に類似した多段階立体的な姿変化が人工高分子で見られたのは今回の成果が初めてです。

【波及効果と今後の展開】
カー ボンナノチューブが21世紀におけるグリーン・ライフ・イノベーションを担う基盤材料の一つとして、基礎研究から実用化まで幅広く普及していくことは間違 いありません。その際のボトルネックを取り除くための手法として、ポリマーラッピングは今後、益々重要になってきます。また、カーボンナノチューブ表面で の人工高分子鎖の動力学解析が可能になったことから、高分子鎖の折り畳み機構と機能発現の解明など、生命科学や高分子科学の未解決問題を解き明かす緒にな ることが期待出来ます。

【掲載論文】
題目:Time-Resolved Observation of Chiral-Index-Selective Wrapping on Single-Walled Carbon Nanotube with Non-Aromatic Polysilane
著者:Woojung Chung, Kazuyuki Nobusawa, Hironari Kamikubo, Mikio Kataoka, Michiya Fujiki, and Masanobu Naito
雑誌:Journal of the American Chemical Society (2013) (巻・号・ページは現時点では未定)


【用語解説】
1) カーボンナノチューブ(CNT)
炭素原子が筒状に化学結合して形つくられている物質。特に、一層のチューブ状構造体を単層カーボンナノチューブ(SWNT)という。

2)ポリマーラッピング
難溶性のカーボンナノチューブを有機溶媒や水中に可溶化するための手法の一つ。DNAやパイ共役高分子を中心に盛んに研究されている。

3)ストップトフロー法
試料溶液を高速に混合し、瞬時にフローを停止して、その後の試料溶液の可視・紫外・近赤外領域の吸収スペクトル・蛍光などの変化を高速に測定する方法のこと。主に、タンパク質やDNAの立体的な姿変化のリアルタイム観測などに用いられる。

4)パイ共役平面、パイ共役高分子
π(パ イ)共役平面とは、一般的に6角形のベンゼン環が2次元のシート状に広がって連結したものをいう。グラフェンやカーボンナノチューブに代表される。このベ ンゼン環平面上にある「π(パイ)電子」は非常に動きやすいため、半導体または金属に近い導電性を示す。また、パイ共役が鎖状につながったものをパイ共役 高分子という。導電性高分子の多くはこのパイ共役高分子であり、代表的なものに、ポリアセチレンやポリチオフェン、ポリフルオレンなどがある。

5)分子間相互作用
複数の分子間に働く静電相互作用に基づく引力の総称。DNAの二重らせん構造やタンパク質の安定化や芳香族化合物(ベンゼン環を含む分子)の液晶や結晶などの物性の発現に大きく寄与している。

6)ポリシラン
シリコン原子が数珠つなぎに結合した一次元高分子。主鎖が炭素鎖でできた通常の高分子とは異なる、特有の構造および電子的性質を有している。主鎖に沿って電子が非局在化しているのが主な特徴であり、導電性材料やフォトレジストとしても期待される。

7)爆発相(Burst phase)
タンパク質の折り畳み過程をストップトフロー装置で追跡する際に見られる、非常に早い構造変化のこと。混合から通常は数ミリ秒以内に起こる。タンパク質の共同性的な運動を理解する上で非常に従業な概念であり、最近特にホットな話題の一つとなっている。

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