2013/08/19
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科分子免疫制御研究室の川﨑拓実助教、河合太郎准教授、及び大阪大学免疫学フロンティア研究センターの審良静男教授らは、ウイルス感染に対する免疫反応が、細胞膜に存在するリン脂質の一種イノシトール5リン酸[1]により制御されていることを明らかにしました。
【研究の背景】
ウ イルスが細胞に感染すると、細胞はI型インターフェロンや炎症性サイトカインといった液性因子(サイトカイン)を産生することでウイルスを排除しようとし ます。これらのサイトカインは引き続きT細胞やB細胞などにより担当される獲得性免疫の誘導に重要な役割を果たします。これまで、我々のグループでは、自 然免疫とよばれる、病原体の認識からサイトカイン産生に至る過程の研究を進めていました。特に、ウイルス感染の認識からインターフェロン産生に至る細胞内 のシグナル伝達において、リン酸化酵素TBK1[2] (Tank binding kinsae1)よる転写因子[3]IRF3のリン酸化が必須であることを明らかにしてきました。しかし、このTBK1-IRF3シグナルがどのように活 性化するのか不明でした。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
川﨑助教、河合准教授、審良教授らのグループ は、TBK1-IRF3活性化のスクリーニング系を立ち上げ、その結果、イノシトール5リン酸[1]がTBK1-IRF3シグナルを増強することを突き止 めました。細胞にウィルスをはじめとする病原体が感染すると細胞内のイノシトール5リン酸レベルが増加することを見出しました。イノシトール5リン酸は IRF3が結合し、さらにこの結合によりIRF3はTBK1により効率よくリン酸化されることがわかりました。その結果IRF3は活性化し、インターフェ ロンを含むサイトカインの産生を誘導することがわかりました。また、合成したイノシトール5リン酸を抗原と共にマウスに投与することで、抗原特異的な抗体 産生を誘導したことから、今後、イノシトール5リン酸[1]を用いた効果的なワクチン開発につながることが期待できます。
【特記事項】
本成果は、平成25年8月14日の午後12時(アメリカ東部時間)に雑誌「Cell Host Microbe」オンライン版に掲載されます。なお本研究は、内閣府/日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラムの支援を受けて行われました。
【解説】
<研究の背景>
ウイルスなどの病原体の感染は自然免疫系により認識されることが知られています。この認識により、細胞はインターフェロンや炎症性サイトカインをはじめと する液性因子(サイトカイン)を産生します。細胞から放出されたサイトカインは引き続きキラーT細胞の活性化やB細胞による抗体産生といった獲得性免疫に よる生体防御の誘導に重要な役割を果たします。自然免疫による病原体の認識は、病原体固有に存在する構造を認識する受容体(自然免疫受容体)により行われ ます。自然免疫受容体が病原体成分を認識すると細胞内シグナルシグナル伝達たんぱく質が順次活性化し、最終的に転写因子が活性化します。その結果、サイト カイン遺伝子の発現が誘導されて、サイトカインの産生が開始されます。各々の病原体由来の構造物に対する自然免疫受容体と、受容体からサイトカイン産生に 至るシグナル伝達経路の全容は明らかになりつつありますが、依然として不明な点も数多く残されています。TANK Binding kinase 1(TBK1)は、ウイルス感染により活性化し、転写因子Interferon Regulatory Factor(IRF)3 を直接リン酸化するリン酸化酵素として知られています。リン酸化されたIRF3は細胞質内より核内に移行し、I型インターフェロンをはじめとするサイトカ インの発現を誘導します。私たちはTBK1によるIRF3のリン酸化がウイルスに対するI型インターフェロン産生に必須であることを明らかにしてきました が、どのようにTBK1-IRF3シグナルの活性化が制御されているかは不明でした。そこで私たちは、TBK1-IRF3シグナル活性化メカニズムを明ら かにするために研究を行いました(図1)。
<研究手法と成果>
私たちはTBK1-IRF3の活性化メカニズムを明らかにするた め、TBK1-IRF3のシグナルを活性化し得る細胞内因子の探索を行いました。その結果、イノシトール5リン酸がIRF3と結合すること、この結合は TBK1によるIRF3のリン酸化を増強することで、インターフェロン産生を促進することを突き止めました。また、イノシトールリン酸の5位をリン酸化す ることでイノシトール5リン酸の産生に関わるリン酸化酵素PIKfyveの活性化を薬剤により阻害したり、ノックダウン法により発現を抑制すると、ウイル ス感染によるインターフェロンの産生が減少することがわかりました。ウイルス感染によりイノシトール5リン酸の細胞内の量は増えることも分かりました。ま た、このイノシトール5リン酸の産生はPIKfyveの阻害により抑制されることがわかりました。以上のことから、ウイルス感染時の細胞の応答には、イノ シトール5リン酸が必要であることがわかりました。さらに、樹状細胞に合成イノシトール5リン酸を与えると、インターフェロンなどのサイトカインが産生さ れることがわかりました。イノシトール5リン酸が樹状細胞を活性化することができることから、イノシトール5リン酸が生体内で抗体を作る時の補助的な役割 「免疫賦活化能」を発揮するか調べました。イノシトール5リン酸を抗原とともにマウスに免疫した結果、抗原特異的な抗体が産生することから、イノシトール 5リン酸に免疫賦活化能があることがわかりました(図2)。
<今後の期待>
イノシトール5リン酸は、イノシトール3リン酸や、イ ノシトール4リン酸などに比べ、役割があまり知られていないイノシトールリン脂質であり、生体内での存在量も少ないのです。今回はじめて、自然免疫のシグ ナル伝達において、イノシトール5リン酸がウイルスに対する免疫応答で重要な役割をもつことが明らかになりました。また、イノシトール5リン酸が免疫賦活 化能を有していることから、新しいタイプの免疫賦活剤として活用できる可能性があります。イノシトール5リン酸は、これまでの免疫賦活剤と異なり、生体内 由来の物質であり、より毒性が少なく安全性の高い免疫賦活化剤としての活用が期待されます(図3)。
<補足説明>
[1] イノシトールリン脂質、イノシトール5リン酸
イノシトールリン脂質とはイノシトール環と脂肪酸からなるリン脂質。イノシトールリン脂質の内、イノシトール環の5位の部位がリン酸化されたものをイノシトール5リン酸と呼ぶ。
[2] リン酸化酵素
ATPからリン酸基を基質分子に転移する酵素の総称であり、基質はリン酸基の転移により活性化の調節を受ける。
[3] 転写因子
遺伝子の働きをオンにしたりオフにしたりする機能を持つタンパク質。DNA上に存在する転写を制御する領域に結合し、遺伝子発現のタイミングや量を調節する。
[4] 樹状細胞
抗原提示細胞として機能する免疫細胞。また、積極的にサイトカイン等を放出することにより、生体防御に役立っている。
<著者・掲載論文・雑誌>
Takumi Kawasaki, Naoki Takemura, Daron M. Standley, Shizuo Akira and Taro Kawai
The second messenger phosphatidylinositol-5-phosphate facilitates antiviral innate immune signaling
Cell Host Microbe
2013年8月14日(12:00pm 米東海岸)(日本時間: 8月15日(木)午前1時) online掲載予定
【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1016/j.chom.2013.07.011
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/8830(NAIST Academic Repository: naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Takumi Kawasaki; Naoki Takemura; Daron M. Standley; Shizuo Akira; Taro
Kawai, The Second Messenger Phosphatidylinositol-5-Phosphate Facilitates
Antiviral Innate Immune Signaling, Cell Host and Microbe Volume 14,
Issue 2, 148-158, 2013.