2015/03/31
地球上の多くの生命は、二酸化炭素を吸収し酸素と糖を生成する植物の光合成に大きく依存しています。植物細胞内には、多数の細胞小器官(オルガネラ)が存在し、独自の機能をもちつつもオルガネラ間で協調的に働くことにより、光合成などの様々な生命活動を支えています。ペルオキシソーム*1、ミトコンドリア、葉緑体は、光合成に伴う光呼吸*2などの代謝経路を支えています。基礎生物学研究所の及川和聡研究員(現:新潟大学 特任助教)および西村幹夫特任教授らは、シロイヌナズナの葉の細胞内で、ペルオキシソームが光環境下で形態を大きく変化させ葉緑体と相互作用することを発見しました。この仕組みを明らかにするべく、奈良先端科学技術大学院大学の細川陽一郎准教授らとの共同研究を行い、フェムト秒レーザー*3と呼ばれる特殊なレーザーを利用したミクロな"手"を使って、葉緑体からペルオキシソームを引き剥がし、暗所と明所にある葉緑体とペルオキシソームの接着力を具体的に明らかにしました。フェムト秒レーザーを用いた接着力の測定は、奈良先端科学技術大学院大学において開発されてきたもので、今回、植物細胞内のオルガネラ間接着力測定に応用し、細胞内の微小構造間の接着力測定に初めて成功しました。
本研究により、植物が外界の光環境を良く認識して、光依存的に細胞内のオルガネラ相互作用を強化することにより、光呼吸などの代謝を効率良く行っていることが明らかになりました。本研究成果は植物科学専門誌Nature Plants(ネイチャープランツ)に3月30日付けで掲載されます。
【研究の成果】
基礎生物学研究所の西村幹夫特任教授らの研究グループは、植物細胞内の顕微鏡観察を行う過程において、暗所でペルオキシソームの形態が徐々に変化することを発見しました。詳細に調べた結果、この形態変化が、暗所では球形に、明所では葉緑体に寄り添う様なアメーバー状の構造に変化することから、光に依存していることが明らかになりました(図1)。また、ペルオキシソームと葉緑体の運動を解析すると、明所では葉緑体に接着したままのペルオキシソームと、葉緑体間を移動するペルオキシソームの2種類が存在することも明らかになりました。一方、暗所では球形のままふらふらと揺らいでおり、ほとんど運動を行わず、葉緑体との接着も減少しているようでした。
そこで、この光依存的なペルオキシソームの形態と葉緑体との接着力の相関性を明らかにするために、高強度のフェムト秒レーザーを細胞内に集光照射したときに誘導される微小な爆発現象を利用した工学的な手法を用いた解析を試みました。
フェトム秒レーザーを用いた生体における接着力の測定は、奈良先端科学技術大学院大学の細川陽一郎准教授らが開発した手法であり、これまでに白血球の血管内皮細胞の接着力の測定、および、培養細胞の接着力の測定に用いられていました。今回、植物細胞内の微小構造の接着力測定へ、この手法を初めて応用しました。
本実験で使用したフェムト秒レーザーの強度は、2光子顕微鏡の光源として用いられるフェムト秒レーザーの1,000倍以上で、集光点では蛍光励起にとどまらず、爆発現象が引き起こされ、集光点の周囲に衝撃力が伝搬します。このレーザーをペルオキシソームと葉緑体との接着点近くに照射することで衝撃力を作用させ、葉緑体からペルオキシソームを剥離させることに成功しました。本実験ではさらに、この衝撃力の強度を原子間力顕微鏡のカンチレバーの振動により定量し、葉緑体からペルオキシソームを剥離させる確率と照合して、剥離に必要とされる力(圧力)を算出しました(図2)。その結果、明所では暗所と比較して、ペルオキシソームと葉緑体との接着力が約2.5倍に上昇することが示されました。この暗所と明所におけるペルオキシソームと葉緑体の接着力の差は、熱揺らぎによる運動(ブラウン運動)とほぼ同じであり、この結果は、ペルオキシソームと葉緑体の接着の制御が、植物細胞内に必然的に存在する熱揺らぎを利用することにより極めて省エネルギーに行われていることを示しています。このように、植物細胞内では光合成を最適化し、より大きな生体エネルギーを生み出そうとすることが明らかになりました。
さらに、この現象が光合成活性依存的に引き起こされること、ペルオキシソームの運動を止めるとさらに強化されることも、生理学的解析とフェムト秒レーザーによる解析から明らかになりました。
本研究を通して、光環境下において植物細胞内では、ペルオキシソーム、ミトコンドリア、葉緑体の活発な物理的相互作用が引き起こされた結果、光呼吸などの代謝がスムーズに行われ(図3)、植物の生存を支えていることが明らかになってきました。
また今回、研究グループが用いたフェムト秒レーザーによる植物細胞内のオルガネラ間接着力測定技術は、植物細胞内における世界で初めての応用例であり、他のオルガネラ相互作用解析や変異体解析など今後の応用が期待されます。
[用語解説]
*1 ペルオキシソーム:真核細胞に普遍的に存在する細胞小器官。様々な生理機能をもち、それらは、生物種、組織、細胞、発達状態により異なっている。植物では発芽時の脂肪酸代謝、緑葉での光呼吸が良く知られている。また、植物ホルモンの合成などの一部も担う。
*2 光呼吸:ペルオキソーム、ミトコンドリア、葉緑体にまたがる代謝系でRubisco (ribulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase)の酸化反応で生じたホスホグリコール酸を順次代謝する経路である。強光照射下、高O2、低CO2の条件下で活性化される。最近では、光阻害を回避するのに役立つことが報告されている。
*3 フェムト秒レーザー:超短パルスレーザー発振装置。レーザー光を10-100フェムト(1,000兆分の1)秒の超短時間に照射する。熱発生よりも遥かに短い時間に光エネルギーをミクロな範囲に集中させて爆発を引き起こし、衝撃波を与えることが可能である。
*4 アクチン繊維:細胞内にはアクチンが繊維状に重合した構造が存在している。細胞の構造維持や運動、各種膜系やオルガネラの変形や配置、輸送に関与している。特に植物細胞内のペルオキソーム、ミトコンドリア、ゴルジ体等はミオシンなどのモータータンパク質を用いてアクチン繊維上を移動する。
【論文情報】
植物科学専門誌 Nature Plants 2015年3月30日付掲載(日本時間3月31日0時)
タイトル:Physical interaction between peroxisomes and chloroplasts elucidated by in situ laser analysis
著者:Kazusato Oikawa, Shigeru Matsunaga, Shoji Mano, Maki Kondo, Kenji Yamada, Makoto Hayashi, Takatoshi Kagawa, Akeo Kadota, Wataru Sakamoto, Shoichi Higashi, Masakatsu Watanabe, Toshiaki Mitsui, Akinori Shigemasa, Takanori Iino, Yoichiroh Hosokawa and Mikio Nishimura
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所の及川和聡 研究員(現 新潟大学 特任助教)西村幹夫 特任教授、真野昌二 助教、近藤真紀 技術職員、山田健志 助教(現 京都大学 特任助教)、東正一 技術職員、総合研究大学院大学の松永茂 研究員、渡辺正勝 教授、長浜バイオ大学の林誠 教授、筑波大学の加川貴俊 研究員(現 農業環境技術研究所 研究員)、首都大学東京の門田明雄 准教授、岡山大学の坂本亘 教授、新潟大学の三ツ井俊明 教授、奈良先端大学院大学の重政彰徳 大学院生、飯野敬矩 研究員、細川陽一郎 准教授からなるグループにより実施されました。
【研究サポート】
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「植物の環境感覚」による支援のもとに行われました。