2015/07/17
【概要】
脳内の神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起を適切な神経細胞がある場所に伸ばして、目標の神経細胞と結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作る。その際、軸索を伸ばすためには、特定のタンパク質を軸索先端へと輸送する必要があることは知られていた。しかし、軸索伸長に必要なタンパク質であるアクチンやアクチンに結合して運ばれる特定のタンパク質については、その輸送機構がよくわかっていなかった。
奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科の稲垣直之教授、勝野弘子研究員、物質創成科学研究科の細川陽一郎准教授、情報科学研究科の池田和司教授、愛知県立大学・情報科学部の作村諭一准教授、東北大学生命科学研究科の水野健作教授らの研究グループは、軸索内を移動するアクチンとアクチン結合タンパク質の新たな輸送機構を明らかにした。
軸索の中で、アクチン分子が前進する方向に線維状に結合して重合したり、後方で分解(脱重合)したりを繰り返し、そのとき、アクチン線維が細胞膜や細胞を取り巻く構造体(細胞外基質)に連結し、これを足がかりにして前進することを証明した。この仕組みは、これまで知られている細胞内のケーブル(細胞骨格)の上を歩くようにして運動するモータータンパク質による細胞内分子輸送機構とは異なる全く新しい仕組み。この成果により、神経軸索の形成や再生についての理解が深まるとともに、切れた神経を伸ばすなど再生医療への応用などが期待できる。
この成果は、米国東部時間の平成27年7月16日(木)付のCell Reports誌(Cell Press社)のオンライン版に掲載されました。
【解説】
〔研究の背景〕
脳内の神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起を正しい場所に向けて伸ばし、結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作る。軸索を伸ばすためには、タンパク質が軸索先端へと輸送される必要がある。しかし、軸索内を輸送されるアクチンやアクチン結合タンパク質については、その輸送機構が長く不明であった。研究グループは、軸索内をアクチン線維が移動する現象に着目し、アクチン線維の移動がタンパク質の輸送を担っていると考え、その移動機構の解明を行った。
〔研究の手法〕
実験では、ラットの脳内の海馬にある神経細胞を培養して材料に使った。また、高感度顕微鏡カメラを用いた細胞内1分子計測法により、軸索内のアクチンおよびアクチン結合タンパク質の動態を詳細に解析した。また、アクチン線維の重合・脱重合や、アクチン線維と細胞外基質との連結を人為的に操作し、軸索内のアクチン輸送への影響を解析した。さらに、レーザー光を用いて加工した培養基質を使用することにより、アクチンの輸送が細胞外基質にどれだけ依存しているかを解析した。
〔結果〕
まず、細胞内一分子計測法により、軸索内に現れたアクチン線維の塊(補足図1)を詳細に観察したところ、アクチン線維が進行方向に重合し、後方では脱重合して離れる反応を繰り返す形で全体的に移動していることがわかった(補足図2)。また、アクチン線維の重合の速度を速めるとアクチン線維の移動速度が速まり、重合速度を遅くすると、アクチン線維の移動速度も遅くなった。次に、アクチン線維が細胞接着タンパク質により、細胞膜や細胞外基質へ連結する度合いを強くするとアクチン線維の移動速度は速くなり、連結を弱くすると遅くなった。この連結によって細胞外基質に生じる駆動力を計測すると、進行方向とは反対向きに路面を掻くような力が生じていることがわかった。さらに、レーザー光を用いて軸索の途中にアクチン線維が細胞外基質に連結できないような加工を施すと、アクチン線維の輸送がそこで停止して軸索の先端に到達できず、軸索の伸長も抑えられた。
また、実験で得られたデータに基づき数理モデルを構築してアクチンおよびアクチン結合タンパク質の動きを計算した結果、細胞膜や細胞外基質に連結したアクチン線維が方向性を持った重合・脱重合を繰り返しすることで前進し、一方アクチン結合分子はアクチン線維に結合することで輸送されることがわかった(補足図2)。
以上の結果から、アクチン線維が、方向性を持ったアクチン線維の重合・脱重合と細胞外基質への連結により移動し、アクチンやアクチン結合タンパク質を輸送することが明らかになった。
〔研究の意義と位置づけ〕
神経軸索内におけるタンパク質の輸送は、軸索の伸長に必要不可欠であり、その分子機構の解明は神経再生の治療開発の基盤となる知見である。今回の発見は、軸索の伸長のために必要な分子でありながら、その輸送機構が不明であったアクチンに着目し、その輸送機構を明らかにした。この仕組みは、従来知られているモータータンパク質を介した細胞内の分子輸送機構とは異なる新しい仕組みであり(補足図2)、このようなアクチン線維が細胞内を移動する様子は、神経細胞以外に皮膚や免疫細胞でも報告されている。本研究成果により、神経細胞以外の細胞内における分子輸送の研究の加速も期待できる。
本研究は、文部科学省(MEXT)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費、NAIST次世代融合領域研究推進プロジェクト、大阪難病研究財団による支援によって実施した。
〔用語説明〕
アクチンとアクチン結合タンパク質:アクチン分子は細胞内で線維状に重合をして細胞の運動や神経軸索の伸長に重要な役割を果たす。また、アクチン線維には様々なアクチン結合タンパク質が結合して、アクチン線維の働きを助ける。
モータータンパク質:微小管やアクチン線維のような細胞骨格にそって歩くように移動するタンパク質。微小管上を移動するモータータンパク質としてキネシンとダイニンが、アクチン線維状を動くものとしてミオシンが知られている。
【補足図1】蛍光タンパク質(RFP)で標識したアクチン(赤色)を遺伝子導入した培養海馬神経細胞を6分間隔で撮影した。GFP(緑色)は細胞の形を表している。軸索の根元で発生したアクチンの塊が軸索先端へと移動している(白矢頭)ことがわかる。
【補足図2】従来から知られている微小管上を動くモータータンパク質を介した細胞内タンパク質の輸送の仕組み(上)と今回明らかになったアクチンとアクチン結合タンパク質の輸送の仕組み(下)。
既知の輸送機構では、タンパク質が微小管上を移動するモータータンパク質(オレンジ)に積み荷として結合することで輸送される(黒矢印、上)。一方、今回明らかになった仕組みでは、軸索内でアクチン線維が進行方向を向いた重合と後方での脱重合を繰り返す(赤矢印)。そのアクチン線維は、細胞膜を貫通する細胞接着タンパク質を介して細胞外基質に連結される(黄色円柱)。この連結とアクチンの方向性を持った重合により、アクチン線維が前進する(黒矢印、下)。また、アクチン単量体は拡散によって前方に向かって移動する(赤矢印)。アクチン結合タンパク質(青)は、拡散と移動するアクチン線維への結合を介してアクチン線維とともに輸送される(青矢印)。
【関連リンク】
・タイトル
Actin Migration Driven by Directional Assembly and Disassembly of Membrane-Anchored Actin Filaments
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2015.06.048
http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/10084
(NAIST Academic Repository:naistar)
・以下は論文の書誌情報です。
Hiroko Katsuno, Michinori Toriyama, Yoichiroh Hosokawa, Kensaku Mizuno, Kazushi Ikeda, Yuichi Sakumura, Naoyuki Inagaki;
Cell Reports, Volume 12, Issue 4, 16 July 2015, Pages 648-660