2015/08/03
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:小笠原直毅)物質創成科学研究科 光情報分子科学研究室(NAIST-CEMES国際共同研究室・兼務)の河合 壯(かわいつよし)教授らは、半導体加工技術や3Dプリンターなどに幅広く利用される感光材料の高感度化技術の開発に成功しました。感光材料は光を受けて発生した酸に反応しますが、その酸をつくる段階を高効率化する光酸発生剤を開発したものです。この技術を使うことで、半導体の超微細な回路などを生成するフォトリソグラフィー加工、3Dプリンターの光造形加工等を2倍以上高速化する事が期待できます。
現在、様々な産業分野で感光材料が利用されています。光が当たることで溶剤に対する溶解性(溶けやすさ)が大きくなる光可溶化材料があります。逆に硬化する光硬化材料は3Dプリンターをはじめ、塗料やコーティングの材料、接着剤さらにはフォトリソグラフィー技術など幅広い産業分野の基盤技術として活用されています。これらの化学工業素材の市場規模は1兆円(2018年)あまりと予測されています。
これらの感光材料では、光を受けて酸を発生する光酸発生剤と、発生した酸と反応して硬化するか、分解するかどちらかの性質を示す素材が組み合わされて使われており、その光感度は光酸発生剤の反応効率に比例します。従来の光酸発生剤の光反応効率は20-30%程度とされておりその高感度化は光加工プロセスの高速化・省エネ化に向けた技術課題とされてきました。
河合教授らは、これまで研究を進めてきた光を吸収して色が変化する高感度のフォトクロミック分子という材料をもとに、その構造を変えて酸がつくられるようにした新たな光酸発生剤を開発しました。この分子に紫外光を照射するとメシル酸という強酸を放出し、その反応効率は54%で光酸発生剤としては最大値を示しました。
【背景】
現在、光が当たって反応する光反応材料は幅広い産業の基盤技術となっています。また医療応用などの新しい展開も進められています。具体的には、LSI(大規模集積回路)など半導体素子の製造においてはフォトリソグラフィーと言われる技術により微細回路が作られています。フォトリソグラフィー材料の一部では光が当たって酸が発生する光酸発生剤と、酸と反応して分解するレジスト材料を組み合わせることで写真印刷のように光パターンを転写する技術が使われています。また、類似の光酸発生剤は3Dプリンターなどでも使われています。これは酸が存在すると硬化する光重合分子を光酸発生剤と組み合わせて使われています。さらに、光酸発生剤は医療応用にも展開が期待されています。たとえば胃や大腸に発生する癌の治療に、光を当てることで癌細胞を破壊する光線力学療法が適用されてきました。新しい光線力学療法として様々なタイプの感光性薬剤が研究されていますが、その中で酸が発生する薬剤、すなわち光酸発生剤も研究が進められています。このように、光酸発生剤は製造や医療など幅広い分野の鍵となる物質です。
その光感度を高めることが出来れば、短時間の光照射や弱い光源(ランプ)でも効率よく製造が可能になり、また医療面では短時間の光照射で済みますので正常な細胞を破壊することがなく、患者への負担を低減できる可能性があり、重要な開発課題となっています。
【技術課題】
従来、研究されてきた光酸発生剤には様々なタイプがありますが、その多くは光反応効率が20%程度でした。最も高いものでも50%程度にとどまっており、これを越える分子材料の開発が待たれていました。特に、レジスト材料や3Dプリンターなどの用途において重要となるのは、電荷を有していないいわゆる非イオン性光酸発生剤と呼ばれるもので、とくにその光感度の向上は実用的にも大きな意味があります。
【研究の経緯・結果の概要】
河合教授らの研究グループは、従来から光を吸収して色が変化するフォトクロミック分子の開発を進めてきました。フォトクロミック分子はサングラスなどの用途が期待されていますが、そこでも高感度化が大きな開発課題となっていました。河合教授等は2011年末にほぼ100%の光反応効率を示すフォトクロミック分子を開発する事に成功しました。この高感度フォトクロミック分子に関する研究は、ドイツ化学会誌(AngewanteChemie誌, 50, 1565-1568)に掲載され、その後、今日までに類似の手法により高い反応効率を示す感光材料の開発が進められています。今回、河合教授のグループでは、この高感度フォトクロミック分子の骨格を利用することで新しい高感度光酸発生剤の開発に成功しました。
具体的には、これまでに河合チームにより開発されていた高感度フォトクロミック分子(図1、a)の2つのメチル基に変えて、それぞれ-H(水素原子)と-OSO2CH3(メシル基)を導入した分子(図1、b)を開発しました。この分子に紫外光を照射すると、強酸であるHOSO2CH3(メシル酸)を放出しました。すなわち光酸発生剤としての機能が確認されました。その反応効率は52%で光酸発生剤としては最大値を示しました。光照射によって生じたメシル酸は光重合触媒としてよく知られており、実際に3Dプリンターなどに使われているエポキシモノマーの重合が進行することが確認されました。
光による酸発生の機構としては図1bに示すようにはじめにフォトクロミック反応の着色反応と類似の反応が進行し、さらにメシル酸が放出される2段階で進むこと、特に2段目のメシル酸の放出反応は100%の効率で進行することなどが明らかになりました。
これらの研究成果は米国化学会誌Journal of The American Chemical Society誌137 号: 22号 ページ番号7023-7026に5月20日にWeb公開され、また同誌の"JACS Spotlight" としてハイライトされました。
【今後の展望】
今回、実証した光酸発生剤は、光重合によるポリマー形成の他、ポリマーの光分解による光可溶化にも展開可能であることは、その原理をすでに確認しております。また光感度を表す光反応効率は52%と改善の余地がありますが、すでにその後の研究から75%以上まで高めることが可能であることを見いだしております。今後95%以上の光反応効率も期待できると考えております。
【研究実施体制】
今回の研究の一部は本学、光情報分子化学研究室とフランス・ツールーズ市に設置された "NAIST-CEMES 国際共同研究室"で実施されました。また奈良先端科学技術大学院大学と青山学院大学との間における"光応答分子材料分野等における相互協力に関する包括協定"にもとづき青山学院大学阿部二朗教授らの研究グループとの共同研究として実施されました。
【研究支援に対する謝辞】
今回の研究の一部は文部科学省研究大学強化促進費補助金"研究大学強化促進事業"のご支援をいただきました。あわせて、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究"高次複合光応答分子システムの開拓と学理の構築"(領域番号2606,課題番号26107006)及び文部科学省特別経費"グリーンフォトニクス国際拠点形成事業"などからのご支援をいただきました。謹んで謝意を表します。
【発表論文】
T. Nakashima, K. Tsuchie, R. Kanazawa, R. Li, S. Iijima, O. Galangau, H. Nakagawa, K. Mutoh, Y. Kobayashi, J. Abe, T. Kawai
Self-Contained Photoacid Generator Triggered by Photocyclization of Triangle Terarylene Backbone
J. Am. Chem. Soc., 137, 7023-7026 (2015)
【補足・キーワード解説】
光酸発生剤:光を吸収して酸を発生する薬剤。フォトレジスト、光接着剤、光硬化型塗料、3Dプリンター用光硬化樹脂など幅広い光反応材料において利用されている。
光反応効率:多くの光反応は1つの分子が1つの光子を吸収して開始される。光反応効率は消費された光子数に対する反応した分子数で、通常は%で表記される。理想的な反応の場合は100%となり光子が無駄なく使われる状態となるが、通常は20%程度。たとえば人間の視覚は光を神経刺激に変換するが、その光反応効率は最大で約65%といわれている。
【関連リンク】
・論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1021/jacs.5b0282