細胞内コミュニケーションにタンパク質合成停止が重要! ~円滑で効率が良い情報伝達の仕組みを解明~

2016/09/20

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原 直毅)バイオサイエンス研究科動物細胞工学研究室の博士後期課程3年苅田聡と河野憲二教授らは、「細胞が、自身に対するストレス(悪影響)を回避するために、ストレス応答に関るメッセンジャーRNA (mRNA)を小胞体へ効率的に運ぶ方法、すなわち、一時的なタンパク質合成反応の停止と小胞体(タンパク質の製造工場)へのタンパク質輸送経路の協調による巧妙な伝達方法を用いていること」を初めて明らかにした。

 一般に、遺伝子がmRNAにコピーされ、そのmRNAがもつ遺伝子のコードをタンパク質合成装置のリボソームが読み取り、対応するアミノ酸に変換することでタンパク質は合成される。このタンパク質合成反応を翻訳といい、翻訳が止まる現象を翻訳停止という。翻訳停止という現象は、タンパク質を作るうえでマイナスであり、通常、生物にとって良いことではない。実際、タンパク質合成が停止すると、つくりかけのタンパク質などは分解・除去されることが知られている。

 研究グループは翻訳停止の細胞内での役割に着目した研究を行う中で、小胞体ストレス応答に関与するmRNA(XBP1u mRNA)の小胞体への正確かつ円滑な輸送が、小胞体へのタンパク質輸送経路を利用していること、さらにその時のシグナルの認識に翻訳停止が必要であることを見出した。

 この仕組みによって、小胞体に生じた異常を素早く感知し、その情報を効率良く核に伝えることで、生じたストレスを速やかに解消し、細胞の生存や機能の維持に貢献していると考えられる。この発見は、タンパク質合成の停止という一見マイナスに見える現象を使って、既存の輸送システムを代替利用し、ストレス応答を効率良く起こすことを示しており、生物の生存戦略の観点からも大変興味深い。この成果は米国科学誌「米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences, USA)」電子版(速報)に掲載されました。

【本研究内容についてコメント出来る方】
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究ユニット 
教授 田口英樹(たぐちひでき)
TEL:045-924-5785 E-mail:taguchi@bio.titech.ac.jp

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 動物細胞工学研究室
教授 河野憲二(こうのけんじ)
TEL:0743-72-5640 FAX:0743-72-5649 E-mail:kkouno@bs.naist.jp

【論文情報】

タイトル: Autonomous translational pausing is required for XBP1u mRNA recruitment to the ER via the SRP pathway.
著  者: Satoshi Kanda, Kota Yanagitani, Yukiko Yokota, Yuta Esaki, and Kenji Kohno
掲載誌: Proceedings of the National Academy of Sciences, Published online 20 September 2016
米国科学アカデミーにより100年以上前に創刊された総合学術雑誌で、Nature, Scienceと並び特に自然科学の分野で高い評価を得ている。
DOI:http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1604435113
naistar:http://hdl.handle.net/10061/10988
  (NAIST Academic Repository:naistar)

【解説】

[背景]

 一般にゲノムに書かれた遺伝子の情報はメッセンジャーRNA(mRNA)(注1)にコピーされる。そして、タンパク質合成装置であるリボソーム(注2)がmRNAにコードされた情報をアミノ酸に変換することで、タンパク質を合成する。このタンパク質合成反応を翻訳といい、その反応が停止する現象を翻訳停止という(図1a)。この現象は、タンパク質を作るうえではマイナスであり、通常生物にとって良いことではない。実際、タンパク質合成が停止すると、作りかけのタンパク質などは分解・除去されることが知られている。

 ところが、近年、翻訳停止が生理的に意味をもつ場合があることが大腸菌を用いた研究などで明らかとなってきた。一方、哺乳動物については生理的に意味のある翻訳停止をするタンパク質は非常に少ないため、その生理的な役割は未だ多くは謎に包まれている。

 細胞小器官の小胞体(注3)はタンパク質の製造工場として重要な役割を果たしている。種々の環境変化などにより小胞体に構造異常タンパク質(注4)が蓄積することがわかっている。この状態は小胞体ストレスと呼ばれ小胞体の機能障害を引き起こすことが知られている。細胞にはこの異常状態を解消するための小胞体ストレス応答機構が備わっており、XBP1遺伝子はその働きの中心的な役割をする転写因子の1つである。小胞体ストレス応答が機能しないと、細胞死が誘導され、個体レベルでは病気(糖尿病、大腸炎、神経変性疾患など)との関連が報告されている。

 私達は、XBP1uタンパク質(XBP1遺伝子から翻訳されるタンパク質)が翻訳の一時停止配列を持つ事を明らかにし、XBP1uタンパク質の翻訳停止の役割について解析を行ってきた。小胞体ストレス応答の誘導において、XBP1uをコードするXBP1u mRNAが小胞体膜上でプロセシング(小胞体ストレスセンサーにより切り貼りされ成熟型XBP1s mRNAになるプロセス;細胞質スプライシングとも言われている)を受けるステップがある(図2)。このことを考慮すると、XBP1uは翻訳停止状態で小胞体膜上にXBP1u mRNAとともに輸送される可能性があり、さらに翻訳停止だけでは小胞体への輸送は出来ないため、何らかの輸送機構を介していると考えられるが、それらの仕組みは不明であった。

[手法・結果]

 まずXBP1uタンパク質が細胞内のどこにいるかを、蛍光タンパク質や蛍光抗体法(注5)を用いて調べたところ、合成されるとすぐに小胞体に輸送されること、また小胞体に輸送されるためには、翻訳停止が必要であることが明らかとなった(図2b)。もし翻訳停止をしないとXBP1uは核に輸送されてしまうのである(図1b,右端)。次に、未知の輸送機構を明らかにするために、まず小胞体への輸送を担う因子の同定を行った。翻訳停止中のXBP1uに結合するタンパク質を精製し、質量分析法によって同定したところ、細胞質から小胞体へのタンパク質輸送機構に関与するSRP(シグナル認識粒子)経路(注6)の構成因子とわかった。SRP経路は細胞質で翻訳された分泌タンパク質を翻訳途中に認識し、小胞体へと輸送するための機構である。SRPは分泌タンパク質が持つ疎水性(水になじまない性質)のシグナルペプチドを小胞体への輸送シグナルとして認識するが、XBP1uは疎水性の領域(HR)を持つものの従来のシグナルペプチドとは予測されず、最終的には核内へと移行するタンパク質であるためSRP経路によって運ばれるとは考えられていなかった。また、SRP経路に入るために翻訳停止が必要であるという報告もなかった。

 そこで、XBP1uとSRPとの相互作用をいろいろな方法を使って調べた結果、SRPは翻訳停止に依存してXBP1uを認識し、XBP1uと共にXBP1u mRNAを小胞体へと輸送することを突き止めた。さらに、この仕組みによって、SRP経路が小胞体ストレス応答の誘導を促進することを解明した(図3)。

【本研究の意義】

 今回、小胞体ストレス応答に必須なXBP1uタンパク質が、翻訳停止を利用して既存の小胞体へのタンパク質輸送経路であるSRP経路に入り、本来の基質タンパク質と異なるXBP1uだけでなくXBP1u mRNAも同時に小胞体へと輸送するということを見出した。この輸送システムにより、小胞体ストレス下でストレスを感知するセンサーが活性化すると同時にXBP1u mRNAのプロセシングが小胞体膜上で起こり、その情報が効率良く核へと伝わるという新しい情報伝達システムを見出した。SRP経路においては、これまで翻訳停止配列と協調的な働きをすることは明らかとなっていなかったため、本研究の成果によりSRP経路は翻訳停止と共役することにより、従来予測されているよりも多種のタンパク質とmRNAを小胞体へと輸送する可能性が考えられる。本研究は翻訳停止の織りなす生命現象の解明における先駆的な研究であり、今後の更なる応用的な解析によって、翻訳停止の生理的意義の理解に繋がる事が期待される。

 本研究は文部科学省(日本学術振興会)科学研究費補助金「新学術領域研究26116006」「基盤研究(S)24228002」「特定領域研究19058010」及び武田科学振興財団助成金の支援により行われた。

【用語解説:注】

  1. メッセンジャーRNA: タンパク質を作るためのアミノ酸配列が書き込まれている一本鎖のリボ核酸。細胞の核内にある遺伝物質DNAからコピーされて作られる。通常mRNAと書き表す。
  2. リボソーム:mRNAに書き込まれているアミノ酸配列情報に従って、アミノ酸を一つずつ付加してタンパク質を作る翻訳装置である。
  3. 小胞体:細胞の中に張り巡らされた膜で覆われた小器官で、タンパク質の製造工場にあたる。細胞の外で働く分泌タンパク質や細胞膜のタンパク質はここで合成され折り畳まれて、目的地に輸送される。
  4. 構造異常タンパク質:リボソーム上で合成されたタンパク質は、合成直後は一本のヒモであり、これが正しく折り畳まれた立体構造をとって初めて生理機能をもつタンパク質となる。異常タンパク質とはこの折り畳みに失敗したタンパク質のことで、正常な機能を失っているだけでなくタンパク質同士が凝集を起こすと細胞に障害を与えることになる。
  5. 蛍光抗体法:目的のタンパク質を特異的に識別できる抗体に蛍光標識をつけ、目的の分子が細胞のどこにあるかを蛍光顕微鏡で検出する時に用いる方法。
  6. SRP経路:SRPはシグナル認識粒子と呼ばれる。小胞体シグナル配列がリボソームから現れると、その配列を認識して結合し、合成途上の分泌タンパク質を小胞体の膜上へ運ぶ経路のこと。

【参考図】

図1

図1 リボソームによるタンパク質の合成過程

(a) タンパク質の翻訳と翻訳停止の模式図。(b) XBP1uタンパク質の翻訳停止に依存した小胞体への輸送。 XBP1uタンパク質がもつ翻訳停止配列に変異を入れ、翻訳停止時間を延長(翻訳停止強化)、もしくは短縮(翻訳停止弱化)したXBP1u変異体を細胞に発現させ、細胞内のXBP1uタンパク質の輸送の状況を蛍光抗体法により観察した。

図1

図2. 小胞体ストレス応答を誘導するための仕組み

XBP1遺伝子の未成熟型mRNA (XBP1u mRNA)は小胞体が負荷を受けて異常な状態になった際、小胞体膜状の小胞体ストレスセンサーによってプロセシングを受ける。これによって、成熟型mRNAとなり、活性化型XBP1sが翻訳され、小胞体ストレス応答が誘導される。

図1

図3. 従来のSRP経路と今回明らかにした新たなSRP経路の比較図

従来のSRP経路では翻訳停止は必要なく、SRPが基質となる分泌タンパク質がもつシグナルペプチドを認識し、小胞体内へと小胞体膜の孔を通して送り込む。これによって、分泌タンパク質が合成される。新たなSRP経路では翻訳停止がSRPによる基質タンパク質の認識と小胞体への輸送に必要とされる。XBP1uの場合、XBP1u mRNAを小胞体へと輸送するために用いられる。これによって、小胞体の異常に対して素早く応答し、異常解消に取り組むことができる。SS:シグナルペプチド、HR: 疎水性領域

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