2017/05/16
アルツハイマー型認知症などに関与するアミロイド線維を光により
人工作製することに初めて成功
~アミロイド線維の生成メカニズム解明、次世代ナノ材料開発に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)物質創成科学研究科の杉山輝樹客員教授、廣田俊教授、台湾国立交通大学理学院(学長:張懋中)応用化学系の増原宏講座教授らの共同研究グループは、光が物質に当たると生じる圧力(光圧)を用いることにより、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病発症の原因となるアミロイド線維1)というタンパク質の凝集体を、溶液中の任意の場所に、また望む時に人工的に作製する技術を世界で初めて開発しました。
アミロイド線維はタンパク質が規則的に連なった集合体であり、その人体内での沈着は様々な疾患に関与しています。アミロイド線維と関連のある疾患の治療や予防法を開発するには、その生成メカニズムを理解することが不可欠です。しかし、これまでアミロイドの生成場所と時間を予期したり、制御したりすることは不可能とされており、これがアミロイド線維の生成メカニズムを解明するうえで障壁となっていました。この成果はこうした研究の障壁をなくし、様々な疾病の原因となるアミロイド線維の生成メカニズム解明につながると期待されています。
今回行った実験で杉山客員教授、廣田教授らは、光と分子の相互作用によって生じる「光圧2)」を駆使し、溶液中で心臓に多く存在するタンパク質であるシトクロムc3)の複合体(図1)を局所的に集め、これを材料に球状のアミロイド線維凝集体を狙い通りの特定の場所に作製することに成功しました(図2a)。この球状生成物はアミロイド線維の存在を示す色素マーカーであるチオフラビンT4)存在下で非常に強い蛍光を示しております(図2b)。
また、この球状凝集体を超音波処理によってほどくと、アミロイドに特徴的な線維構造があることを透過型電子顕微鏡5)によって観察することができます(図3)。これらの結果は、球状生成物はアミロイド線維の凝集体であることを証明しています。さらに、光のオンオフにより球状アミロイド線維凝集体を連続的に作製し、光を操作することで溶液中において凝集体を配列することも可能です。この結果により、アミロイド線維の強固な構造を利用した次世代のナノテクノロジーの素材などの新規材料としても期待されています。
これらの研究成果は、5月15日(月)(現地時間)にドイツの「Angewandte Chemie International Edition(アンゲバンテ・ケミー・インターナショナル・エディション)」に「Hot Paper(ホットペーパー)6)」として掲載されます。
つきましては、関係資料を配付するとともに、下記のとおり記者発表を行いますので、是非ともご出席くださいますよう、お願い申し上げます。
【解説】
(1)研究背景
アミロイド線維の体内での沈着はアルツハイマー型認知症、パーキンソン病などさまざまな疾患の発症に強く関与しています。これら疾患の治療や予防法を開発するには、アミロイド線維の生成メカニズムを理解することが不可欠です。しかしながら、アミロイド線維が生成する場所や時間を予知、特定することは不可能であり、そのためアミロイド線維の生成メカニズムは未だ完全に明らかになってはいません。一方、光(レーザー)を溶液中に急激に絞り込む(集光)と、光と溶液中に存在する物質が相互作用することにより(光圧)、1立方マイクロメートル程度の極小領域にその物質を集めることができます。この光圧を利用して溶液中のタンパク質を局所的に集め、狙った場所、望む時間にアミロイド線維を人工的に作製することを目的に実験を行いました。
(2)研究手法・成果
初めに私たちは、サンプルとして我々の心臓内に多く存在しているタンパク質であるシトクロムcの単量体及び2量体の溶液を作製しました。タンパク質は酸性あるいはアルカリ条件において安定な天然構造が取れなくなってしまうと不規則に凝集する場合があることが知られています。一方、アミロイド線維は凝集体の一種ではありますが、その構造は結晶のように規則正しく連なっています。そのため、その生成メカニズムは結晶生成のメカニズムに類似していると考えられています。さらに、アミロイド線維形成とタンパク質の構造安定性には密接な関連性があることが知られており、本研究におけるシトクロムcの単量体及び2量体の構造安定性とアミロイド線維形成との関連を調べることはとても重要です。
光(レーザー)をシトクロムcの単量体及び2量体の溶液中に強く集光することにより、単量体及び2量体を局所的に集めることに成功しました。単量体の場合には、レーザー照射により比較的速く1ミクロン程度の透明な液滴を形成しますが、引き続きレーザーを照射してもそれ以上大きく成長することはありません。一方、2量体の場合には、レーザーの照射により単量体の場合と同様に液滴を形成した後、続けてレーザー照射すると、その液滴が徐々に大きくなり、最終的に10マイクロ程度の大きな凝集体が作製できます(図2a)。使用した溶液中には、事前にアミロイド線維が生成すると蛍光を発する色素チオフラビンTを共存してあり、液滴が大きく成長し始めると同時に非常に強い蛍光が観察されます(単量体及び2量体の初期に観察される透明な液滴からは蛍光は全く観察されません)。また、生成凝集体を超音波処理によってほどき、その構造を透過型電子顕微鏡によって観察すると(図3)、アミロイドに特徴的な線維構造を観察することができます。このように、光を使ってシトクロムcの2量体のアミロイド線維を非常に極微な1ミクロンの領域に人工的に作製することに成功しました。また、単量体より不安定な構造を持つ2量体の方が、アミロイド線維を形成しやすいことが分かりました。
一方、この生成したアミロイド線維を新規材料として開発することを目的に、球状構造体を液中で連続的に並べて配列したり、基板上に連続的に配列したりすることができます。アミロイド線維は非常に強固な構造を持つことが知られており、次世代のナノテクノロジーの素材として大きく期待されています。実際、すでに原子顕微鏡のチップ等に使用されており、またアミロイド線維が液晶の性質を有していることも報告されています。上述のアミロイド線維の球状凝集体を、レーザーを操作することにより溶液中に連続的に作製し、またそれらを斜めに配列することも可能です(図4)。
このような配列ができる原因は、アミロイド線維は非常に疎水性が高く、また球状体の表面には無数のアミロイド線維が突き出ている状態と考えられ、それら凝集体間の相互作用は非常に強いために可能になったとされています。さらに、この凝集体を基板上に連続的に直線状に配列することもできます(図5)。興味深いことに、直線状に配列した構造には、方向によって性質が異なる「異方性」があることがわかり、このことは凝集体内部でアミロイド線維が規則正しく配列していることを示しています。このように、空間的に自由自在にアミロイド線維を配列することにより、次世代のナノ機能材料の開発が期待されます。
(3)波及効果、今後の予定
今回、光を使うことによりアミロイド線維の凝集体を狙った場所、望む時間に人工的に作製することに世界で初めて成功しました。シトクロムcに限らず多くのタンパク質がアミロイド線維を形成することから、今後さらに多くの種類のタンパク質に対して本手法が有効であることを示せば、より多くの疾患のメカニズムの解明が期待できます。また、種々タンパク質のアミロイド線維を自由自在に配列することにより、望む場所、望む時間に、望む新しい機能を付与することが可能となり、これによりアミロイド線維の新しい科学・工学を切り拓きたいと考えています。
(4)研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費補助金 新学術領域「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(領域代表:大阪府立大学 大学院工学研究科 石原一教授)及び「理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学」(領域代表:理化学研究所 田原太平主任研究員)の支援を受けて行われました。
【論文タイトルと著者】
タイトル:A Single Spherical Assembly of Protein Amyloid Fibrils Formed by Laser Trapping
著者:Ken-ichi Yuyama, Mariko Ueda, Satoshi Nagao, Shun Hirota,* Teruki Sugiyama,* Hiroshi Masuhara* (*, 責任著者)
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition "Hot Paper
【用語説明】
※1 アミロイド線維:変性したタンパク質が形成する疎水性凝集物の一種であり、高い均一性と剛直性を有している。人体内でのアミロイド線維の生成は、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病など多くの疾患と密接に関連している。
※2 光圧:光が物質にあたることによって生じる力の一種。光を非常に強く溶液中に集光すると、溶液中に分散した物体の屈折率が周辺の溶媒の屈折率を上回る場合に、光圧(輻射圧)によりその物体が集光点に集まってくる。対象物が集光点より小さい場合には、その対象物は集光点にどんどん捕捉され、局所的な濃度上昇が起こる。
※3 シトクロムc:呼吸に関与する球状タンパク質。分子量約12,000の小さなタンパク質で、モデルタンパク質として広く研究に用いられている。
※4 チオフラビンT:アミロイド線維の染色に最も特異性の高い染料。染色した標本を蛍光顕微鏡で観察することにより、アミロイド線維の生成を確認することが可能。
※5 透過型電子顕微鏡:試料に加速された電子線を照射することによって観察する顕微鏡。結晶構造、組成、電子状態などの情報が得られ、分解能は0.1 nm〜0.2 nmである。アミロイド線維の基本的な形態は、幅が約10〜15 nm、長さ数 µmの針状構造であり、その針状構造の観察には透過型電子顕微鏡が最も適している。
※6 ホットペーパー(Hot Paper):現在非常に注目されている研究分野において、編集者らによってその重要性が極めて高いと評価された論文。
【本研究内容についてコメント出来る方】
(光圧)
北海道大学 電子科学研究所
教授 三澤 弘明
Email: misawa@es.hokudai.ac.jp
(アミロイド線維)
長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部
客員教授 木曽 良明
E-mail: y_kiso@nagahama-i-bio.ac.jp
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
客員教授 杉山 輝樹
TEL:0743-72-6110、FAX:0743-72-6119
E-mail:sugiyama@ms.naist.jp
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
教授 廣田 俊
TEL:0743-72-6110、FAX:0743-72-6119
E-mail:hirota@ms.naist.jp
台湾 国立交通大学 理学院 応用化学系
教授 増原 宏
TEL:+886-571-2121 (ext. 56593)、FAX:+886-3-612-6976
E-mail:masuhara@g2.nctu.edu.tw
<報道担当>
奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 広報渉外係
田中裕子
TEL:0743-72-5026 FAX:0743-72-5011
E-mail:s-kikaku@ad.naist.jp