てんかんに対する局所脳冷却の効果をシミュレーションで検証 ―難治性てんかんの新たな低侵襲可逆的治療実現を目指して―

2017/10/06

てんかんに対する局所脳冷却の効果をシミュレーションで検証
―難治性てんかんの新たな低侵襲可逆的治療実現を目指して―

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大)情報科学研究科 数理情報学研究室の池田和司教授、久保孝富特任准教授、Jaymar Soriano(博士後期課程学生*)らは、脳の局所的な温度を下げることで、てんかん発作の抑制効果が期待できる局所脳冷却の作用メカニズムについてシミュレーションを通じて新たな見解を得ました。これは、山口大学・熊本大学との共同研究によって得られた成果です。

本研究成果は、国際オンライン科学誌『PLOS Computational Biology』(【プレス解禁日時:日本時間2017年10月6日(金)午前 3時00分】)に掲載されます。また、論文掲載、本プレスリリースと同時にPLOS Computational Biologyからのプレスリリースも予定されています。そちらのプレスリリースについては、https://www.eurekalert.org/emb_releases/2017-10/p-sab092817.php にて掲載予定となっております。

てんかんは世界中で約5,000万人の人々が罹患しているとされる慢性の神経疾患で、突然に生じる反復性の発作を特徴とします。神経細胞が過剰な電気的興奮(発火)を起こすことによりてんかん発作が生じます。その過剰な発火が脳のどの部分で生じるかによって発作症状は異なり、けいれん、感覚の異常、意識の消失など様々な症状を呈します。てんかんの治療には発作を抑制する薬剤が用いられますが、薬剤では十分に発作を抑えられない場合があります。そして、そのような薬剤抵抗性のてんかんに対しては外科的治療が検討されます。しかし、脳の機能に障害を生じる可能性がある場合は、外科的治療を実施できない症例もあります。そのような症例でも治療が可能となるよう、山口大学医学部脳神経外科 鈴木保倫教授らのグループは動物実験などでてんかん発作での過剰発火に対する局所脳冷却の有効性の検証を積み重ねてきました。局所脳冷却は頭蓋内に冷却装置を留置しててんかん発作を引き起こす脳部位を直接冷却し、それによって発作を抑制する治療法です(参考図の右側を参照)。局所脳冷却には、脳組織を切除する外科的治療と比較して組織への障害は軽度であること、また可逆的であることなどのメリットがあります。これまで動物実験での効果確認に加え、てんかんの治療のための外科的切除の際に、患者さんの同意を得た上で、手術中に一時的な冷却効果の検証も行ってきました。

これまでの実験研究では、過剰発火に対する局所脳冷却の効果は条件などによって異なり、大きく2種類に区別されます。発火の強度・頻度ともに減少する場合と、発火の強度は減少するが頻度は変わらないか、やや増える場合です。このような冷却に対する感受性の違いを検証し、作用メカニズムに対する理解を深めるために、奈良先端大のグループは、ラットでの局所脳冷却実験のデータを踏まえて神経細胞群をモデル化し、冷却効果のシミュレーションを行いました。神経細胞間の結合のみに冷却の効果が現れると考えてシミュレーションした場合、発火頻度の減少を再現できました。しかし、その影響のみでは発火頻度が維持されるようなケースを説明できません。神経細胞の発火に関わる過程にも冷却の影響が現れるようなモデルを構築し、その条件下でシミュレーションを行うと、上述の感受性の違いを再現することができました。

このような感受性の違いとなる原因を特定することをはじめとし、適切な冷却条件を探索する際、シミュレーションによって冷却効果の現れ方を調べることで、動物実験や臨床試験の一部を代替し、それらの実施回数を減らせる可能性があります。今後はそれら条件探索とともに、局所脳冷却の脳保護効果についても検証を進める予定です。

*: University of the Philippinesより派遣され留学中

【参考図】

図1
局所脳冷却のヒトへの適用のイメージ

てんかんの病巣を特定して(左上段)、その部位に冷却装置を留置する(右側)。過剰な発火が認められれば(左下段の『Before cooling』)冷却を開始し、過剰発火および発作症状の消失を図る(『During cooling』)。

【掲載論文】

Soriano J, Kubo T, Inoue T, Kida H, Yamakawa T, Suzuki M, and Ikeda K. (2017) Differential temperature sensitivity of synaptic and firing processes in a neural mass model of epileptic discharges explains heterogeneous response of experimental epilepsy to focal brain cooling. PLoS Comput Biol 13(10): e1005736.

DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1005736

naistar:http://hdl.handle.net/10061/12138(NAIST Academic Repository:naistar)

論文へは下記リンクよりアクセスしていただけます。
http://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1005736

【共同研究者】

山口大学医学部脳神経外科 教授 鈴木 保倫、講師 井上 貴雄

山口大学大学院医学系研究科神経生理学講座 助教 木田 裕之

熊本大学大学院先導機構 助教 山川 俊貴

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 数理情報学研究室
氏名 久保 孝富 特任准教授
TEL 0743-72-5985           FAX 0743-72-5989
E-mail takatomi-k@is.naist.jp

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