2018/05/16
植物ホルモンのオーキシンは、花の雄しべの数を決定している
器官分化の境目で作用する新たな仕組みを解明
~オーキシン使い、園芸品種の改良や食糧増産に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:横矢 直和)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域 花発生分子遺伝学研究室の伊藤寿朗教授らは、植物の花が形作られるときに、雄しべにも雌しべにも分化し得る境界領域ではたらく「境界遺伝子」が、植物ホルモンのオーキシンを制御することで、雄しべの数を決定するとともに、花に分化する幹細胞の増殖を抑制するという新たなメカニズムを発見した。この遺伝子は、境界領域でオーキシンの合成量を抑えるため、雄しべの数が一定に保たれ、花の幹細胞の旺盛な増殖力も低下していることがわかった。
Xu Yifeng博士研究員、伊藤教授らは、これまでに解析を進めてきた雄しべの数が増える特徴を持つ花の「superman」突然変異体について、その原因遺伝子である「SUPERMAN(SUP)遺伝子」が雄しべの数を決定する仕組みを調べた。その結果、SUP遺伝子が作り出すタンパク質は、雄しべと雌しべの境界領域においてオーキシンの合成酵素である「YUCCA1/4」というタンパク質の遺伝子に対して発現を抑制しており、オーキシンの合成量が低下する原因になっていた。これで、オーキシンが花の雄しべと雌しべの間の境界領域に働いて、雄しべなど花の器官の数の制御や、幹細胞の増殖の停止に必要なことが証明された。さらにオーキシンの働きを促したり、抑えたりする実験によって、このホルモンが花発生の初期に、雄しべと雌しべの境界領域で、花の幹細胞の増殖を抑える作用があることを裏付けた。
【解説】
穀類や果物は、すべて植物の花により作られたものである。花の器官は非常に旺盛な増殖能力を持つ花の幹細胞から作られる。茎や根の先端部に位置する幹細胞は植物が生きている間は分裂を続けるのに対して、花の幹細胞は花発生の途中で細胞の増殖をやめて果実と種子をつくる。植物のもつ花の幹細胞の高い増殖能を抑えるためには、複数の遺伝子が協調してはたらいていると考えられている。その中の1つとして、遺伝子が壊れることで雄しべの数が増えるSUPERMAN遺伝子が、雄しべと雌しべの境界領域で発現していることが20年以上前に示されていたが、実際にSUPERMANタンパク質がどのように作用しているのかは分かっていなかった。
本研究は、雄しべと雌しべの境界領域ではたらく「境界遺伝子」であるSUPERMANが植物ホルモンのオーキシンを制御することで、雄しべの数の決定および花幹細胞の増殖抑制に働くという新たなメカニズムを発見した。実験に使われたSUPERMAN (SUP)と呼ばれるタンパク質は特定の遺伝子の働きをスタートさせたり、抑えたりする転写因子で、花発生の初期に花の幹細胞を取り囲むように発現する(図1)。
このSUP遺伝子が働かない突然変異体では、花の幹細胞の増殖を抑制することができず、雄しべの数が増えてしまう(図2左)。SUPは、オーキシンを合成するために作用するYUCCA1, YUCCA2という合成酵素の発現を抑制して、花の幹細胞を取り囲む境界領域でのオーキシン量を減少させることで、その細胞増殖を抑えている。
実際の実験としては、まず、sup突然変異体で幹細胞マーカーを発現する細胞数が増えており、幹細胞の異常増殖が雄しべの数の増加と関連していることを示した。次いで、SUP遺伝子の誘導系を用いた発現プロファイリングにより、オーキシン関連遺伝子の発現が変動しており、実際にsup突然変異体でオーキシンマーカーの発現が上昇していることを示した。さらに、オーキシンシグナルを阻害する試薬を外から与えることでsup突然変異体での雄しべの数の異常増加を抑制したり、オーキシン量を異所的に増やすことでsup突然変異体の表現型を再現したりできることを示した。sup突然変異体での幹細胞の増殖抑制は、増えすぎたオーキシン生合成に関わる酵素の遺伝子(YUC1/4)の活性を壊すことによって元に戻ることも示した(図2右)。
また、SUPタンパク質が、染色体を構成するヒストンというタンパク質を化学修飾する因子と直接結合して、オーキシン生合成関連酵素(YUCCA1/4)の遺伝子座の構造を変えることで、遺伝子の転写を抑制し、オーキシンの合成を低下させていることも示した。
今回の私たちの研究により、花発生の初期において雄しべと雌しべの境界領域において、オーキシンの合成が抑制されることで花の幹細胞の増殖を抑えられていることが明らかになった。すなわち、花においてオーキシンの振る舞いをコントロールすることで、花の器官の数を調節できる可能性が示唆された。本研究が園芸品種の改良や食糧の安定的な供給のための基盤技術となることを期待している。
【本研究の意義】
最近の伊藤教授らの研究から、花の幹細胞の増殖抑制とそれに引き継ぐ果実の形成は、時空間特異的に厳密に制御された生命プログラムによる遺伝子の発現制御からもたらされていることが分かっている。本研究により、オーキシンは花器官の数の制御にもかかわっていることが明らかとなった。すなわち、花においてオーキシンの振る舞いをコントロールすることで、花器官の数を制御できる可能性が示唆された。本研究が園芸品種の改良や食糧の安定的な供給のための基盤技術となっていくことを期待している。
【用語解説】
- 境界遺伝子
がく、花びら、雄しべ、雌しべからなる花は、元々は未分化な細胞の塊から始まる。花発生の途中で、それぞれの花器官の間に出来る境界領域においては、境界遺伝子が発現しており、領域決めをしている。下に述べるSUPERMAN遺伝子は、雄しべと雌しべ間の境界遺伝子である。
- 幹細胞
多細胞体である動植物において、多種多様な細胞のもととなる細胞。分裂して自分と同じ細胞をつくる能力と別の種類の細胞に分化する能力をもっている。何千年も生き続ける縄文杉やジャイアントセコイヤに代表されるように、植物の幹細胞は動物と比べて非常に旺盛な増殖能力をもっている。
- オーキシン
100年近く研究されている成長促進のはたらきのある植物ホルモン。
- SUPERMAN(SUP)タンパク質
Zinc Finger型の転写因子、幹細胞の決定因子を抑制する機能を持つ。
- YUCCA1, YUCCA4(YUC1, YUC4)タンパク質
フラビンモノオキシゲナーゼとよばれる酸化還元酵素であり、オーキシン合成の重要なステップを触媒する酵素