2019/06/19
生命維持の物質の運び屋「小胞」を形作るタンパク質を発見
ハサミのように生体膜を切り分けて大きさを制御
~細胞内の物質輸送の仕組み解明に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の末次志郎教授の研究グループは、生体膜の小胞形成を担う新規タンパク質としてANKHD1を発見しました。さらに、細胞内外の物質輸送を担う細胞内小器官の一つである初期エンドソーム(*1)が、ANKHD1の小胞形成能によって制御されることを明らかにしました。
細胞小器官は脂質膜(*2)と呼ばれる生体膜によってできています。細胞の持つ脂質膜の形態は多様なことが知られていて、脂質膜の形態は、細胞小器官でも、その機能と密接に関わっています。よく知られている現象として、輸送すべき物質と脂質膜に埋め込まれた物質の受容体が結合すると、その微小領域がくびれて袋状になったあと切り離されて小胞となり、脂質膜と一緒に輸送される現象が、細胞内の物質輸送において知られています。
しかし、細胞内小器官を含む生体膜の小胞を形成することが知られているタンパク質の数は少ないため、こうした生体膜の小胞形成を含む生体膜の形態の動的な変化機構の多くは未解明と考えられます。生体膜の形態形成を担うタンパク質の異常は、細胞内物質輸送の異常を引き起こし、細胞の恒常性の維持に重大な影響を及ぼします。
末次教授らは、温度や浸透圧の変化を感知してイオンが透過する通り道をつくるセンサータンパク質である「TRPV4」について、そのタンパク質に含まれるアンキリンリピートドメイン(ARD)(*3)と呼ばれる領域が生体膜に結合することを2014年に突き止めていました。ARDはヒトにおいて600種類以上のタンパク質に存在し、それぞれ構造的な多様性を持つことから、生体膜の形態形成を担う役割があるARDの存在が示唆されていました。そこで、本研究では、様々なタンパク質のARDと生体膜の相互作用を調べました。
600種類以上のARDを持つタンパク質の中から、発現量の多い18種類のARDを含むタンパク質を選択し、試験管内で再構成された生体膜と反応させることで、生体膜の形態形成を評価しました。その結果、ANKHD1が生体膜の小胞形成活性を示すことが見出されました。小胞形成は、細胞内物質輸送に関連することから、ANKHD1が機能する脂質膜で形成されている細胞小器官を同定するため、ANKHD1の発現を低下させた条件で様々な細胞小器官を観察したところ、初期エンドソームが肥大していました。したがって、ANKHD1は初期エンドソームから小胞を形成することで、初期エンドソームの大きさを制御し、初期エンドソームを経由する細胞内物質輸送を調節することが予想されました。
また、生体膜の小胞形成を担う仕組みを詳しく調べました。その結果、脂質膜の変形タンパクとして、末次教授らが解析を進めてきた、Bin-Amphiphysin-Rvs(BAR)ドメイン(*4)という領域と類似した機構で生体膜の小胞形成を担うことを明らかにしました。ANKHD1のARDドメインもまたBARドメインと同様に、(図1)のようにタンパク質2量体を形成し、カーブしたタンパク質の構造と、生体膜に「くさび」のように打ち込まれる両親媒性ヘリックス(*5)と呼ばれるタンパク質のらせん状の部分構造を用いて、生体膜をくびれ切ると考えられました。以上の研究成果からANKHD1は、ハサミで切るように小胞形成を行い (図1)、小胞形成は、初期エンドソームの大きさの制御に重要であることを解明しました (図2)。
細胞においては、細胞内小器官同士は、生体膜の切断によって形成される小胞によって互いの物質輸送や情報伝達を行っています。本研究は、小胞輸送(*6)を担う初期エンドソームの小胞形成に関与する未解明のタンパク質を同定したことで、生命の根源的な理解を深めます。
この研究成果は、米国のCell Pressの学術誌「iScience」オンライン版に2019年6月17日に掲載されました。
【背景と目的】
細胞小器官は生体膜(=脂質膜)から構成されています。脂質膜はそれ自体では特定の構造を取りませんが、細胞小器官の形態は動的に変化し、様々な制御を受けて変形したり、くびれ切れて小胞化したりすることが知られています。これらの形態の変化は、脂質膜に結合するタンパク質によって制御されると考えられています。しかし、明らかにされた生体膜の形態形成を担うタンパク質の数は限られており、多様な細胞小器官の生体膜形態形成のメカニズムに関して未解明な部分が多く存在します。そこで新規生体膜形態形成タンパク質を同定するため、アンキリンリピートドメイン(ARD)に注目しました。
【今後の展開】
初期エンドソームを構成する脂質膜に直接に作用して小胞を形成するタンパク質はあまり多く知られていませんでした。しかし、ANKHD1が初期エンドソームの小胞形成に関与することが解明されたことから、初期エンドソームを経由する物質輸送に関して新しい輸送ルートや制御機構が明らかになると考えています。また、ANKHD1以外のタンパク質に含まれるARDも生体膜の形態形成を担っている可能性が考えられます。生体膜の形態形成は、生命にとって必要不可欠であることから、多様な生体膜の形態形成機構の解明は、生命の根源的な理解を深め、様々な新たな発見や応用を誘発すると考えられます。
本研究は、新学術領域研究「脂質クオリティが解き明かす生命現象」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費基盤研究B、C、挑戦的萌芽研究、三菱財団による支援によって実施しました。
ANKHD1に含まれる2つのARDが二量体を形成してハサミのように脂質膜の切断を行い、全体として効率的な脂質膜の小胞形成を誘導する。
初期エンドソームは、細胞外から細胞膜がくびれ切れてできる小胞により取り込まれた物質が最初に仕分けされるところである。小胞は融合することで物質をエンドソームに運び込む。エンドソームはまたくびれ切られることで、物質を送り出す。ANKHD1は、送り出すための小胞形成に関与していると思われる。
【用語解説】
- 初期エンドソーム:
初期エンドソームは細胞小器官の一つです。細胞が、細胞膜をくびれきり小胞を形成して、物質を取り込んだとき(エンドサイトーシス)に、その小胞が最初に運ばれる目的地が初期エンドソームです。エンドサイトーシス小胞は初期エンドソームに融合し、物質を受け渡します。初期エンドソームは、再度一部をくびれきり、小胞に内包した形で物質を様々な他の細胞小器官に輸送します。 - 脂質膜:
生体膜は脂質膜から構成され、脂質膜を構成する脂質は両親媒性脂質です。両親媒性脂質は水になじむ親水性部分と水になじまない疎水性の部分からなります。水溶液中では水になじまない疎水性の部分が水中で向き合い、水になじむ親水性の部分が水溶液に面しています。生体膜を構成する両親媒性脂質として代表的なものに、フォスファチジルセリン、フォスファチジルコリン、フォスファチジルエタノールアミンなどがあります。 - アンキリンリピートドメイン(ARD):
アンキリンリピートドメインはヒトにおいて600種類以上に存在するタンパク質ドメインであり、様々な生物種に保存されています。アンキリンリピートは、33アミノ酸から構成され、アンキリンリピートがいくつか連続して繰り返されアンキリンリピートドメインとなります。またアンキリンリピートの繰り返し回数が多いとカーブ構造を形成する傾向にあることが報告されています。TRPV4などの一部のアンキリンリピートドメインは脂質分子に結合することが明らかになっていますが、脂質膜の形態を制御するアンキリンリピートドメインはこれまで知られていませんでした。 - Bin-Amphiphysin-Rvs (BAR)ドメイン:
BARドメインはカーブ構造をしており、脂質膜に結合することで、タンパク質の形を鋳型として、小胞を含む脂質膜の形態を形成します。鋳型のように機能することで生体膜の形態を制御するタンパク質として唯一知られています。 - 両親媒性ヘリックス:
アミノ酸がらせん状に折りたたまれることによってαヘリックスという円筒構造が形成します。両親媒性ヘリックスは、親水性アミノ酸が円筒構造の一面に並び、疎水性アミノ酸がもう片方の面に並びます。脂質膜に、疎水性の面のみが挿入されることで、「くさび」のように機能し、したがって、脂質膜の切断や変形が生じます。 - 小胞輸送:
細胞内にある細胞小器官同士では互いの物質輸送が行われており、その方法として小胞輸送が用いられています。小胞にはタンパク質等が含まれています。小胞は、細胞内小器官の一部がくびれ切れることで形成されます。初期エンドソームではその脂質膜が出芽し、くびれ、ちぎれることで小胞が形成されます。本研究では、新たなエンドソームに関連する小胞形成を担うタンパク質を見出しました。
【掲載論文】
掲載誌:Cell Pressの学術誌「iScience」https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(19)30203-2
naister(NAIST Academic Repository):http://library.naist.jp/dspace/handle/10061/13377
英文Title:Membrane-deformation ability of ANKHD1 is involved in the early endosome enlargement
DOI: info:doi/10.1016/j.isci.2019.06.020
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
<研究に関する事>
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
バイオサイエンス領域 分子医学細胞生物学研究室 教授 末次志郎
TEL : 0743-72-5430 E-mail : suetsugu@bs.naist.jp
<報道に関する事>
奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 広報渉外係
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