2020/06/24
世界初!次世代の省電力・超高速電子デバイス材料の精密な合成に成功シリコン半導体の微細化の限界を突破するグラフェンナノリボン
~炭素原子17個分の幅に仕立て、電気的特性を最高レベルに~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 物質創成科学領域 有機光分子科学研究室の山田容子教授、林宏暢助教は、株式会社富士通研究所(以下、富士通研究所)、富士通株式会社の佐藤信太郎博士、山口淳一博士、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 物性・光科学講座の杉本宜昭准教授、塩足亮隼助教、科学技術振興機構(JST)らの共同研究グループと、現在のシリコン半導体の微細化の限界を超える次世代の電子材料として研究が進む、「グラフェン」という炭素原子が平面状に結合した物質について、その構造を精密に制御してリボン形に合成する方法を開発し、半導体としての極めて優秀な電気特性を持つ、幅の広い「グラフェンナノリボン(GNR)」の作製に成功しました。このGNRは原子17個分の約2ナノメートルの幅で、電気の流れやすさに関わる「バンドギャップ(注1)」は約0.6 eV(電子ボルト)と小さく、絶縁体にも伝導体にもなる半導体の材料として最適な性質を示しました。
グラフェンは、炭素原子が原子一層分の厚みで六角形の格子状に連結した二次元材料です。通常導体の性質を持ちますが、数ナノメートルの幅で細く長く成長させたリボン形状のGNRにすることでバンドギャップが形成され、半導体の性質を持つことが理論的に予想されています。しかし、GNRのバンドギャップは、リボンのエッジ(ふちの)構造や幅に強く影響を受けるため、その合成には精密な構造の制御が求められます。 今回、共同研究グループは、新たに開発した前駆体(注2)分子をブロックのように連結するボトムアップ合成法により、リボン幅が17個の炭素原子からなる「アームチェア(肘掛け椅子)エッジ型(注3)GNR(17-AGNR)」の合成に成功しました(図1)。本技術により、従来のボトムアップ合成法で合成されたGNRと比べて、バンドギャップを約2 eVから0.6 eVへと大幅に縮小できるため省電力で動作し、電子の移動度が大きいなどのグラフェンの優れた電気特性を活かした省電力・超高速電子デバイスの実現が期待できます。
本技術の詳細は、英国時間(夏時間)の2020年6月23日(火)午前10時付で英国の学術誌「コミュニケーションズ・マテリアルズ」に掲載されました。なお、本成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域(研究総括:黒部篤 (株)東芝 研究開発センター首席技監)における研究課題「革新的デバイス創製のためのグラフェンナノリボンのテイラーメイド合成」(研究代表者:佐藤信太郎 富士通株式会社・プラットフォーム開発本部・本部長付)の支援を受けて得られました。
【開発の背景】
シリコン半導体を利用した大規模集積回路(LSI)は、コンピュータから、スマートフォン、家電に至るまで、あらゆる電子機器に使われ、私たちの生活を支えています。LSIは、構成するデバイスサイズを小さくすることによって、性能や省電力性を向上させてきましたが、LSIの微細化は限界に近づき、ほかの方法や材料の利用が模索されています。 2004年にグラフェンが発見されて以来、世界中の研究者がグラフェンの合成やデバイス応用に取り組んできました。なにしろ、グラフェンは、室温で100,000 cm2/vsとシリコンの約100倍にも達する高い移動度(注4)を持つなど、その優れた電気特性は次世代のデバイス材料として画期的な材料だからです。
図1 合成に成功したグラフェンナノリボンの模式図
【研究の課題】
半導体は、電子によって満たされているエネルギー帯である価電子帯と、電子が流れる伝導帯の間に小さなバンドギャップが存在しています(図2)。バンドギャップの大きさは、半導体の電気の流れやすさを決める重要なパラメータとなりますが、例えばシリコンは、1.1 eV、ゲルマニウムは、0.67 eVなど物質の組成により一意的に決まります。
図2 半導体のエネルギー状態
グラフェンは、導体である金属のように電気を良く通しますが、細く長いリボン形状にすることにより、半導体の性質を持たせることができるうえ、リボンの幅の太さによりバンドギャップが変化します(図3(a))。通常、リボン幅が細くなるにしたがって、周期性を繰り返し ながらバンドギャップは大きくなっていきます(図3(b))。このようなグラフェンの性質が自在に制御できることは、電子の移動度の高さと相まって、様々な応用が可能な電子材料として期待されています。
図3 (a) グラフェンとGNRのエネルギー状態の模式図。 (b) GNRの幅とバンドギャップの関係
バンドギャップを形成するために必要なGNRの幅は、数ナノメートル程度と細いため、原子レベルでの精密な制御が必要となります。通常の半導体製造プロセスであるエッチングなどで細く削るのは難しいため、近年は、ボトムアップ合成法という有機合成で作製される小さな前駆体分子を繋げて太くする手法が用いられてきました(図4)。この手法では、所望のリボン形状が得られるように適切に設計した前駆体分子の臭素(Br)化体を真空中で熱し、昇華させることで金属基板に前駆体分子を堆積します。その後、250℃程度に加熱することにより金属基板上で前駆体分子の臭素が取れ、その原子の取れた部分が結合点となって高ポリマー(重合体)化します。さらに温度を400℃程度まで上げると反応が進んで炭素原子が結合し、ブロックを組み上げるようにGNRが合成されます。
これまで、前駆体分子の構造を様々に工夫することで、エッジ構造やリボン幅が精密に制御されたGNRが何種類か合成されてきました。しかし、LSIに使用するにはバンドギャップが2 eVから4 eVと比較的大きく、シリコンと同程度である1 eV程度、あるいはそれ以下のバンドギャップを持つGNRを合成するには、GNRの幅を広くする必要が出てきます。量子化学計算に基づくと炭素原子17個分の幅のGNRであればバンドギャップを1 eV以下に縮小することができます。図4では、炭素原子7個分の幅のGNRを例に挙げて説明していますが、この場合のバンドギャップは約3.8 eVにもなってしまいます。そこで炭素原子17個分の幅のGNRを合成しようとすると、より幅が広い前駆体分子が必要になるのですが、前駆体分子のサイズが大きくなると、昇華に必要な温度が高くなって、気体になる前に分解してしまいます。そこで、これらの課題を解決するために、「気体化しやすい」「幅広のGNRを得る」という、一見矛盾する条件を満たすために、まず前駆体分子の設計から工夫することが必要となります。
図4 GNRのボトムアップ合成法
【開発した技術】
今回、新たに前駆体分子を設計・合成し、炭素原子17個分の幅とアームチェア構造のエッジを持つ、17-AGNRの合成に世界で初めて成功しました。
合成方法は、温度や気体化のさせ方など、細かな調整を除き、従来のボトムアップ方式と同様ですが、特に前駆体分子の設計に関して、サイズが大きくならないようにできるだけシンプルな構造であること、高温での昇華に耐えうる耐熱性のあるユニットで構成されていること、に注意しました。また、このように設計した前駆体分子を、実用化に必須となる短工程で合成するルートを確立しました。この前駆体を用いることで、金属基板上に昇華された前駆体分子が構造上の制約から必ず互い違いに結合し、前駆体分子より広い幅のリボンの合成を実現しました。
図5 金基板上の17-AGNRの合成過程
今回、合成に成功した17-AGNRを走査トンネル顕微鏡像(注5)で観測したところ、電子の分布が可視化され、エッジ構造を反映した凹凸が確認できました(図6(a))。また、非接触原子間力顕微鏡像(注6)では、炭素原子による骨格を見ることができますが、リボン幅方向に8個の六角形が連なった17-AGNRの構造が明確に確認できました(図6(b))。さらに、走査型トンネル分光測定を活用することで、理論計算と一致する、約0.6 eVのバンドギャップを持つことを確認しました。
図6 (a) 17-AGNRの走査型トンネル顕微鏡像
(b) 非接触原子間力顕微鏡像
【効果】
今回、新たに設計した前駆体分子を用いたボトムアップ合成手法により、世界で初めて炭素原子17個分の幅で約0.6 eVのバンドギャップを持つ17-AGNRの合成に成功しました。この小さなバンドギャップにより、動作電圧の低下や、電極材料との間の接触抵抗を下げることを可能にします。また、17-AGNRはグラフェンから引き継いだ優れた電気特性を持つため、省電力・超高速トランジスタなどへの応用が可能となります。
【今後】
今後我々は、富士通研究所および東京大学とさらに共同研究を推進することによって、17-AGNRを使ったトランジスタなどのデバイスを試作し、理論的に予想されているGNRの、優れた電荷輸送特性を検証していきます。さらに、今回開発した前駆体分子の設計・GNR化技術・構造解析手法を発展させていくことで、様々な構造や特性を持つGNRの開発を推進していきます。
【注釈】
(注1) バンドギャップ:半導体や絶縁体における電子が存在できないエネルギー帯。価電子帯の最上部と伝導帯の最下部のエネルギー差がバンドギャップのエネルギーと定義される。
(注2) 前駆体分子:ある生成物の、反応の前段階の分子。
(注3) アームチェアエッジ型:リボンの長さ方向に2個の炭素原子が肘掛け椅子のような形に結合した列が周期的に並んだエッジ構造。
(注4) 移動度:電界中の電子がどれくらいの速さで動くかの指標。この値が高い材料ほど、デバイスの高速動作が期待できる。
(注5) 走査型トンネル顕微鏡:真空中で試料に金属の走査探針を約0.1 nmの距離まで近づけ、試料と走査探針の間に電圧を印加して流れるトンネル電流から、表面の原子レベルの電子分布などを可視化するもの。走査トンネル分光測定は、トンネル電流の微分成分dI/dV(トンネルコンダクタンス)を測定するもの。
(注6) 非接触原子間力顕微鏡:走査探針を試料に近づけ、探針―試料間に働く原子間力をして、表面の構造などを原子レベルで可視化する顕微鏡。
【本プレスリリースに関する問い合わせ先】
奈良先端科学技術大学院大学 企画・教育部 企画総務課 広報渉外係
TEL:0743-72-5026 E-mail:s-kikaku[at]ad.naist.jp