2021/01/05
世界初!原子サイズの高精度で乱れのない立体表面の作製に成功
ピラミッドの形状が生み出す特殊な磁気特性の創出可能
~3次元電子デバイスの高密度化、新機能開発に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 物質創成科学領域のイルミキモフ・アイダールさん(博士後期課程2年)、パマシ・リリアニーさん(博士後期課程2年)、服部賢准教授、細糸信好准教授らの研究グループは、大阪大学 産業科学研究所の服部梓准教授、田中秀和教授、大坂藍特任助教(常勤)、中国 大連交通大学の郭方准教授らと共同研究を行い、最も重要な半導体材料であるシリコン(Si)基板上に、表面の凹凸の深さが0.1nm(nmは10億分の1メートル)と原子サイズの超高精度で乱れのない原子配列構造を持つピラミッド形の物質を作製する方法の開発に世界で初めて成功しました。また、そのピラミッド斜面上に作製した鉄ナノ薄膜は、特異な磁石の性質(強磁性特性)を示すことを見出しました。この現象はピラミッド立体構造という特殊な形が生み出す、電子の磁石の性質(磁気スピン)の状態変化に由来していることを付き止めました。
2次元の平坦な基板表面と異なり、次元性が増した3次元立体表面では、最表面の凹凸をnmオーダーで制御することは困難で、実現していませんでした。本研究では、経験則で発達してきたシリコンの立体加工作製方法を、結晶学と表面科学的なアプローチを駆使して高度化することで、従来の限界を超え、実現しうる最高の平坦性、すなわち、原子配列構造を持つ立体表面を達成しました。
試料形態を自在に操ることができれば、新たな物性を生み出すことができます。磁性ナノ薄膜をピラミッド形状にすると、その頂上に捕獲される磁化渦という磁気スピンが渦まいて配列する構造が創り出す特異な磁気特性について理論計算で予見されていましたが、今まで高品質な立体試料が作製できなかったため、実験的に確かめられていませんでした。
本研究で実証した理想表面を持つ立体構造を用いた0.1 nm精度の物づくりと、3次元形態制御による物性を変化させる技術の実現は、3次元立体空間での自在な形状制御がもたらす新機能特性という新しいプラットフォームでの物性開拓の推進を可能とし、ナノ材料科学分野の発展へと貢献していきます。また、あらゆる方向に広がる立体表面の原子制御技術は、立体化、集積化がますます進むIOTデバイス開発において必須であり、ナノ立体構造化デバイス工程の基幹技術の一つとなると期待されます。
【背景】
立体構造化試料の精密な作製は、物質科学、デバイス工学といった科学分野だけでなく、実際のIOTデバイス技術の革新に直結する重要な課題です。シリコン加工技術の中で、薬剤により腐食させるエッチング技術を用いたデバイスの三次元立体加工では、加工後の立体表面の平坦性や清浄度の確保は高機能性デバイスを構築するうえで重要な要素です。しかしながら、現時点ではこれを達成する立体表面の加工評価技術の確立が遅れています。 一般的に使用される走査電子顕微鏡(SEM)は、ナノメートル程度の分解能しかないため微細な評価はできません。また、これまで2次元平坦試料をターゲットとして発展してきた表面科学的手法を、3次元構造試料へとそのまま適応することが難しいため、立体構造試料上に存在する立体表面に対しての原子精度での立体表面の作製・評価技術の基盤は整っておらず、立体表面を用いた原子精度のモノ作りは実現していませんでした。
【加工評価技術】
結晶は、結晶格子の幾何学的規則性を反映して結晶面を持ちます。本研究では、立体構造化にあたり結晶面の配列を考慮して、つまり形態をデザインすることで、Si基板上に安定した原子配列表面構造をもつ結晶面から形成されたピラミッド構造の作製を実現しました(図1)。作製したピラミッド構造は、基板表面の垂直方向に対して54ºの傾斜を持っており、4つの斜面(ファセット斜面)によって四角錘のピラミッド構造が構成されています。 原子レベルで制御したピラミッド構造の実現のために、写真印刷技術のフォトリソグラフィとドライエッチング、ウェットエッチング、真空加熱を組み合わせた作製技術を開発しました。これはデバイス加工に用いられるリソグラフィ・パターニング処理、ドライエッチング処理に加え、結晶面の化学反応性を考慮したウェット処理、更に超高真空における表面作製加熱処理を連結して行うことで、試料基板の3次元立体加工、および立体加工した表面凹凸の原子精度制御を実現し得る技術と言えます。
図1.作製したSiピラミッド(ウェットエッチング後)の(a)全体と(b)拡大したSEM像。4つの斜面はSi{111}ファセット表面に対応している。
ナノメートル程度の分解能のSEM観察(図1)からは、立体の4つのファセット斜面の表面構造を原子精度で観察することはできません。そこで本研究では、表面原子構造評価技術として、表面科学的アプローチの一つである低速電子線回折(LEED)法(※1)を用いました(図2)。これは電子の波の性質を利用し、電子線を表面原子に当てそこからの散乱した電子の干渉回折パターンを測定する手法で、もし表面が原子レベルで平坦で原子が周期的に配列していれば明瞭な回折スポットが現れます。従来の表面科学では2次元平坦基板表面が研究対象でしたが、本研究では3次元立体のファセット斜面の表面構造評価に適用しました。ピラミッド構造を取ったファセット斜面表面からのLEED回折パターンは、従来の2次元基板表面からのパターンとは異なり、3次元立体性ゆえに複雑になります。これを回折理論で用いられるエバルト球(※2)という計算上の図形とピラミッド構造の関係から解析することにして、理論的シミュレーションを行いました(図3)。その結果、観察された非常に複雑な4回対称のLEEDパターンが、立体構造からのファセット面表面の逆格子ロッド(※2)とエバルト球との交点で全て説明できることを明らかにしました。ファセット表面はSi{111}と表される4方向の面であり、平坦表面と同様の構造である「7×7超構造」(※3)を示すことがわかりました。
【三次元立体科学】
原子レベルでオーダーしたファセット表面は、原子精度のモノづくりのプラットフォームとなります。そこでは今まで出来なかった原子レベルで制御された三次元立体形状そのものが導く新奇なサイエンスが期待できます。本研究では、モーター磁石やスピントロニクスデバイスなど次世代材料への展開を見据えて、三次元立体形状の磁気物性に注目しました。本研究では、この清浄化したSi{111}7×7超構造ファセット表面上に、高品質な2nm~50nmの強磁性体Feナノ薄膜および半導体ナノ薄膜の成長を実現しました。そしてピラミッド構造上に成長させたFeナノ薄膜は、特異な強磁性特性を示すことを実験的に見出しました。