車酔いを防ぎ、快適な自動運転を適える
人と機械の調和
ハンドルやブレーキの操作など走行に関わる技術を車本体にゆだねる自動運転。周囲の交通の状況を自動的にセンサで感知して事故を防ぐといったロボットの脳に相当する情報処理システムが組み込まれ、安全運転を支えるのですが、乗客の車酔いなど快適さに関わる課題がにわかに浮上しています。
こうした車酔いの解消をはじめ、人間の知覚にマッチして自在にロボット(機械)を操作できる賢いシステムの研究を続けているのが、ヒューマンロボティクス研究室です。和田教授は「自動運転車の場合、人と車が一体になって移動するので、新たに速く走れる機能が人に付け加わり、拡張された状態ともいえます。このような自動化のシステムは、さまざまな機械に導入されてきているので、今後、人の身体感覚を理解し、それと調和させる賢いシステムの開発が重要になってくるでしょう」と強調します。
そのため、研究は、センサによる計測から機械の運動制御までのシステムを作り上げるロボティクス(ロボット工学)の技術に加えて、人間の感覚と運動の制御の関係を理解するためのモデリング(モデル化)の研究を行い、これらの成果を組み合わせて人間と機械が協調して機能を支援、拡張する快適なシステムづくりをめざしています。
数理モデルで推測
自動運転時の乗客の車酔いの程度を推定できる技術の開発は、和田教授が10年以上前から取り組んでおり、問題化するとともに世界的に関心が高まっています。車など乗り物に乗っていると三半規管や視覚などから様々な運動感覚が得られますが、これらの運動に関する情報が過去の経験などと食い違う場合に酔いが生 じるといった仮説があります。そこに和田教授が着目し、研究を重ねた結果、メガネに加速度センサ、ジャイロ(角速度)センサと視覚に相当するカメラを取り付け、走行中に得られたそれぞれのデータから、車酔いの程度(嘔吐確率)が計算で弾き出せる数理モデルを開発しました。この成果を応用すれば、例えば、路線の変更時に車酔いを起こさないように、自動的に運転操作を制御できるようなシステムが組み込めるわけです。
和田教授は「もともと乗り心地がよい車、操作がしやすい機械の仕組みの正体に興味があり、真逆の現象である車酔いを出発点にしたら、道が開けました」と説明します。これら酔いのモデリングを発展させることで、元々の目的であった「機械の操作性」の定量化やその向上手法に関する研究に繋がりつつあります。最近では外乱の多い場面で人と協調して働く水中ロボットの制御も手がけています。
研究のテーマなどについては、休日に寺を巡り、落ち着いた環境で考え直すことが習慣になっていて「心のキャリブレーション(調整)」をしています。
身体と機械の一体化
佐藤助教は、現在、自動車の後部座席の乗客が、運転席やタブレットなどにより前方の視界を遮られるため、車酔いが重症化する問題に取り組んでいます。また、自動運転車の車酔いの軽減の問題については、頭部に装着するディスプレイ(HMD)に拡張現実 (AR)の技術で移動する方向を矢印で示したり、読書をする場合は本の背景に車の前方の画像を流したりする方法を提案しました。
脳や心の働きを調べる認知科学や、主体的に操作できる義手などリハビリテーションが専門分野で、「身体性の観点から、自分の身体のように思い通り道具を動かせることが、快適さにつながると思います」。と話しています。これまでの研究では、HMDを装着して建設機械を遠隔操作する際に、作業者に生じる映像酔いの問題に対し、建設機械の回転動作に同期して作業者の座席が水平に回転することで、建設機械に乗って直接運転しているかのような運動主体感が得られる方法を提案しました。
「楽しみながら、地道に成果を積み上げてゴールにたどり着く」のが研究の心構えで、趣味の登山も川に沿ってひたすら歩き、出合った山の頂上に達するパターンです。
消防隊員を支援する
4月に赴任した織田助教は、主に屋内外で活動するロボット(フィールドロボティクス)が専門分野で、火事など災害時に消防隊員の消火・救出活動を支援するロボットの研究開発を続けています。現場に急ぐ隊員を自動的に追従して、酸素ボンベなど重い機材を運ぶ履帯型のロボットで、重装備の隊員の負担を軽減するといった重要な役割を担います。
災害は突発的に起きるので、建物内の様子がわからない状況の中を隊員が走る速度で追跡するのですから、これまでにないハードで精密な情報解析能力がロボットに要求されます。
このため、織田助教は、まず、搭載したカメラやセンサのデータを人工知能の情報処理技術を使って組み合わせて、地面の凹凸や段差、通路の幅など精密な立体地図を作成する研究を手掛けています。次いで、消防隊員の足跡をたどって追跡する研究を行い、さらに、実機実装、実践的な環境での実験を通して提案手法の評価も行っています。
「今回の研究で、ロボットの視覚であるコンピュータビジョンと制御の技術が開発の軸になることがわかり、ロボットにとって困難とされる火災・災害現場で使えるロボット開発の可能性がみえてきました」と話しています。
佐藤 勇起 助教
織田 泰彰 助教
コミュニケーションを円滑に
劉特任助教は、人間が自動運転車と協調して安全な走行を実現するため、シミュレーションや聞き取り調査などで問題点を探り、解決策を示しています。ほとんどの運転を車に任せるレベル4-5の車両の場合、歩行者や自転車利用者は出合った時に不安や躊躇を感じています。そこで劉特任助教は、接近など脅威を感じる状況では車のフロントガラスを光らせて注意を促したり、道を譲るときは「お先にどうぞ」などの意味が一目でわかるピストグラムを表示したり、円滑なコミュニケーションが取れる方法を検討しています。
一方、条件付きで自動運転できるレベル3以下の車では、システムの性能を過信するあまり、衝突しそうになっても、ブレーキを踏むのが遅れるなど対応できない状況が起こり得ることも判明しました。「過信が生じる行動の過程をモデル化し、それを抑制するような機械とのやりとりを構築する必要があるでしょう」と劉特任助教。「自動運転車にはさまざまなセンサが付いていて多くの情報が入発信できます。街のセンサとして人間の友達になるような使い方も考えていくべきでしょう」と提案します。
こうした自動運転車を視野に障害のある人が利用する際の支援の研究を博士前期課程1年の山口恭平さんが行っています。センサで計測した頭部と眼球の動きの関係から視野を推定する手法を開発中です。「予備実験の段階ですが、最終的には、リアルタイムで推定して、手動に切り替える事態になっても対応できるシステムにしたい」と意欲をみせています。
劉海 龍 特任助教
山口 恭平さん