物質創成科学領域
分子複合系科学研究室 准教授
藤間 祥子 Toma Sachiko
タンパク質の構造の変化を解き明かし、創薬の戦略につなげる
結晶の構造を解析
生命の営みを支えるタンパク質の分子は、大きく複雑な立体構造をしていますが、生体中など溶液の中では柔軟に揺れ動いて形を変えます。それぞれの機能に関わる特定の部位の構造が変化してポケットのような形を作り、そこに他の物質が入り込み結合して生理的な反応を開始するといった絶妙な仕組みを設えているのです。
こうしたタンパク質の立体構造に秘めた重要な機能を生み出す機構を明らかにするため、藤間准教授は、結晶化したタンパク質を材料に、詳細な基本の構造を「X線結晶構造回折」という手法で解明しています。同時に、溶液中のタンパク質の構造の変化が直接わかる「X線溶液散乱法」などを使ってデータを取り、結晶のデータとの相関を解析して実際に働いている部位の分子構造の状態をつきとめます。その研究の成果は、がんなど細胞の制御システムが破綻して引き起こされる病気に対し、原因に関わる構造や機構をピンポイントで明らかにすることで、その部位を攻撃して抑制する分子標的薬などの創薬に繋がると期待されています。
藤間准教授は「タンパク質の結晶構造を決めたあと、それが生体内で機能している状態の構造解析につなげることが技術的に可能になると、創薬の面でも薬の候補の選抜の手順を大幅に省力化して絞り込めるなどメリットは大きくなります」と説明します。溶液中のタンパク質を丸ごと凍結して高分解能で構造解析できるクライオ電子顕微鏡など最新の装置や手法も取り入れて研究を進めています。
がん細胞制御の機構を突き止めた
藤間准教授の最近の大きな成果の1つは、がん細胞などの増殖を制御する分子スイッチ役の低分子量Gタンパク質(RhoA)が、グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)というタンパク質の一種「SmgGDS-558」によって活性化される機構を初めて突き止めたことです。
GEFは、RhoAに結合してグアノシン2リン酸(GDP)を放出させ、代わりにエネルギーを多く持つグアノシン3リン酸(GTP)を取り入れることで、RhoAを活性化の方向に切り替えることは知られていました。ところが、SmgGDS-558は分子内にRhoAを活性化する領域を持たずに機能していることから、どのように作用しているかが長年の謎でした。
そこで、藤間准教授らはSmgGDS-558の結晶を4年がかりで作成し、立体構造の決定に成功しました。また、このSmgGDSは、脂質の分子が結合(修飾)したRhoAのみを活性化することもわかりました。
さらに、脂質が結合したRhoAとSmgGDS-558の複合体をつくり、構造解析したところ、全く新しい機構が見つかりました。SmgGDSはRhoAと1対1で結合し、RhoAの構造を大きく変化させてGDPを放出させます。そのとき、SmgGDS自身も構造が変わってポケットを開き、カギが鍵穴にはまるようにRhoAの脂質分子を認識していたことがわかったのです。
「SmgGDS単体では見つからなかった機能を果たす構造が、実験的にRhoAとの複合体をつくることで、隠されていたポケットを初めてとらえられました。その結果を創薬点として戦略を提案できるので、実に面白い仕事だと思っています」と藤間准教授。現在、特定のタンパク質が複合体を作ることで腫瘍が形成される病気について、その複合体を切り離してがんの進行を抑える化合物を探索したり、結晶の中でも動くペプチド(タンパク質の断片)を発見したり、結晶構造の解析をベースにした研究テーマを広げています。
結果を信じて前に進む
藤間准教授は、理系の科目が得意だったことから、お茶の水女子大学理学部化学科に入学。大学院では生物構造学の研究室に所属し、博士後期課程のときに大阪大学蛋白質研究所に移りました。そこで、共同研究することになったのが、発光タンパク質の「イクオリン」と「緑色蛍光タンパク質(GFP)」を発見した下村脩博士。当時はノーベル化学賞を受賞する前で、下村博士は米国の自宅で研究を続けており、藤間准教授のテーマは、イクオリンの発光に関わる構造の変化の解析でした。「下村先生は研究一途の人。私が初めて第一著者として論文を投稿する時も論文の書き方、構成まできめ細かく丁寧に指導してくださいました」と当時を振り返ります。その後は熊本大学大学院医学薬学研究部、東京大学大学院薬学研究科で助教を勤めたことから、創薬に関わる研究も手掛けるようになりました。
「研究を精一杯楽しみ、よい結果が出ることを信じて前に進んできました。研究と家庭生活を両立するための家族の協力もありがたかったです」と振り返ります。夫は京都大学理学部大学院化学研究科の深井周也教授で同じ分野の研究に励みながら、時間をやりくりして2人の子育てを分担してきました。多忙な日常の中で、往年の時代小説を読みふけることが癒しにもなっていて、「池波正太郎、陳舜臣らの大ファン。父親に勧められたのがきっかけですが、時間をみつけて全作品を読み尽くしたいです」と読書の意欲も盛んです。