情報科学領域
光メディアインタフェース研究室
准教授
舩冨 卓哉 Funatomi Takuya
少ない情報を数理で解析し、全体像を構築する
貴重な標本の復元に成功
医学や生物学の研究では、生物体の標本を薄くスライスして切片をつくり、高解像度の顕微鏡で観察して細胞内の核の様子まで精密に調べることがあります。ところが、この切片の画像を切断した順番に再び積み重ねても、元通りの立体的な標本の形に復元するのは困難でした。なぜなら、柔らかい生物の標本は、スライスの際に物理的に変形して歪むことがあり、重ねてもうまく重ならないことがあるからです。
この重要な課題を解決する画像処理技術の開発に成功したのが、舩冨准教授です。数学の理論を使い、積層する切片の画像それぞれの特徴点を相互に対応させて位置関係を求めたうえで、変形部分を補正しながらうまく重なるよう全体的に最適化しました。その結果、滑らかに整った立体の形に仕立てることができたのです。
今回の研究対象は、受精後2か月のヒトの胚子の標本でした。受精卵からの発生過程を知るために、一つの胚子を数百枚の連続組織切片にしたサンプル約1000例を京都大学が約50年前に制作し、保管していました。舩冨准教授は「京都大学工学部の学生時代に胚子の成長に関する資料として3Dアニメーション作成の研究を行いました。また助教のときは、この貴重なサンプルの研究支援活動に携わりました。その縁で立体復元の画像処理を手掛けることになったのです」と研究の経緯を説明します。
変形を補正できた
このような画像処理法の開発にあたって、大きな壁となったのは、「切片のスライス時に生じる歪んだ変形部分をどのように数学的に表現するか」という課題でした。通常、画像を構成する画素の移動は、特徴点を始点として、移動先の終点と結んだベクトル(始点からの方向と距離の値を矢印で表示)の場として表します。しかし、扱った切片では変形が大きかったため対応の取れる特徴点が少なく、すべての画素について正しい移動を求めることは難しくなり、一般的な方法ではうまくいきませんでした。そこで舩冨准教授は、変形部分について、始点から終点への移動しか表せないベクトルではなく、周辺の画素も含めた移動や回転を表すことができる、形の幾何学的な変換(幾何変換)が行われている場と考えました。その結果、一つ一つの対応が持つ情報が増えるため、対応が取れた部分が少なくても、より複雑な変形を表すことができるようになりました(別タブで開きます)。ただ、ベクトルと幾何変換には大きな違いがあり、解析は簡単ではありませんでした。その違いとは、画素の移動の計算方法が、ベクトルの場合は足し算でよかったのに対し、幾何変換では掛け算となることでした。ベクトルの場に対して行われる解析方法の中で足し算として計算されているところを、幾何変換の計算法である掛け算だけで数式化することにより、課題解決に結びつけたのです。
舩冨准教授は「幾何変換による手法の特性を活かして、少ない情報から全体像を導き出すスパースモデリングの方法の確立を目指したい」と抱負を語ります。
これは国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」の研究者としてのテーマでもあります。この幾何変換の手法を使い「気象衛星が観測できなかった地域の降水量の推定」という、一転してマクロな気象に研究対象を広げ、提案しています。「地球を周回する気象衛星は通過する領域しか降水量を測定できません。静止衛星で撮影された画像から、雲が流れていく様子をすることで、気象衛星が観測できなかった地域に広げて降水量を推定します。この雲の流れの推定に、幾何変換の場の考え方を応用します」との計画です。
人体の形の測定が出発点
舩冨准教授は、小学1年生のときに、父親が家庭用パソコンを買ってきたことをきっかけに、独学でゲームやCGのプログラムを作成するようになり、情報科学に親しんできました。大学時代の専門は情報工学で、胚子の3Dアニメーションで卒論を書いた後、ヒトの体の立体的な形をカメラにより1ミリ以下の精度で測定する研究に取り組みました。さらに、手の指など複雑な形を測定したり、霧の中では光の散乱現象によってその道筋が観察できることに着目し、反射光の解析から表面の特性を調べるなど研究テーマを広げてきました。「基礎を大切にし、原理原則を押さえて、息の長い理論的な研究に貢献できたらいいと思います」と話します。
高校生のころから陶芸を始め、15年ほど続けていました。「自分で作ったものを使う中で、手になじむ、使いやすい形を自分なりに追求しました。今でも日常使う食器の半分は自作で、料理も得意です」と語ります。