半導体の電子回路を設計し、人工視覚の実用化をめざす
視細胞の役割を果たすチップ
目の不自由な人の網膜に電極を埋め込み、電気刺激することにより、見る機能を取りもどす人工視覚の研究が、世界各国で進んでいます。日本独自の研究で知られる太田教授は、効率よく多数の網膜細胞を刺激して視覚の機能を高める半導体集積回路のチップを設計するなど患者の生活の質を向上する技術を開発してきました。また、日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクト(5年間)として、共同研究している大阪大学医学部、医療機器メーカー「ニデック」とともに行う人工視覚装置の臨床研究もスタートし、実用化を目指す動きが活発になってきています。
太田教授は、「20年にわたり続けてきたライフワークとも言える研究が装置開発の目標の到達点に差し掛かっています。視野が広くなり、文字がきちんと読め、生活が楽になるといった実用化の課題を充分にクリアし、目の不自由な人たちの役に立ちたい」と抱負を語ります。
人がモノを見るとき、対象物に反射した光を目の網膜にある視細胞が受け止め、その情報を電気信号(活動電位)に変換し、視神経を介して脳に伝わることで知覚できます。この網膜や視細胞の役割を果たすのが、人工視覚の装置です。その仕組みは、外科手術により網膜に複数の電極を分散させて埋め込んでおき、メガネに装着したカメラを通して得た光の情報に基づいて特定の位置の電極が網膜の細胞を電気刺激します。反応した細胞の電気信号が脳に伝わると、デジタル画像の画素のような点で構成された像を認識するのです。
効率的に電気刺激する
太田教授らが、開発した装置は、手術で広範囲に電極を埋め込み易い網膜の外側にある脈絡膜を使う独自のタイプで、視細胞の機能が衰えた「網膜色素変性症」などの患者が対象です。
その構造は、まず、柔軟な六角形の基板の表面に電極7個、反対側には、0.5ミリサイズの半導体集積回路(CMOS)のチップを付けて、両者を接続したモジュールを作成します。この半導体集積回路は、刺激電流を発生する機能と電極に対応した7つの半導体を連携して制御する回路を搭載しています。
さらに、六角形のモジュールは、ハチの巣のように高密度に分散配置できるうえ、複数のモジュールをつないで電流を体外から供給する配線を枝分かれするように伸ばしていけば、これまで電極の数が最高49個だったのが、世界最高レべルの1000個以上にも増やせて、解像度を高めます。また、電極の数だけ配線の本数が必要で患者に負担を与えていたのが、電極数をどれだけ増やしてもわずか4本で済むようになりました。
この装置の操作は、カメラで取り入れた光の情報に基づき、対応する半導体チップそれぞれのID(識別符号)と電極に発生させる電流値を入力して一斉に配線に流すだけでよく、指定された半導体集積化路のチップが瞬時に判断して特定の網膜細胞を的確に刺激し、電気信号を脳に伝えるのです。
太田教授は「長期間、使用するには、配線や半導体チップが体内で劣化しないようにコンパクトなパッケージで保護するなど他分野の研究者の知見も取り入れて改善する必要があり、検討しています。患者にとっては、今日が晴れか曇りか、天候がわかるだけでも幸せに過ごせるので、1日も早く実現したい」と語ります。
本学の理事・副学長を務める太田教授のスケジュールは、毎朝午前10時まで研究室のミーティングを行い、そのあと執行部の仕事をして、週2回は午後5時から研究室のゼミを開きます。「大学で研究したくして企業の研究所を退職し、赴任したほどですから、できる限り研究は続けたいです。おかげで執行部と教員という両方の立場で大学の運営を見られるようになりました」と太田教授。
読書と音楽鑑賞が趣味で、自宅ではスマホで電子書籍を読みふけっているそうで、「引退後に古書店を開くのがひとつの夢です」と語りました。
電波を可視化する
笹川准教授は、電子回路で高周波の電波を発生した時の電界の様子をリアルタイムで可視化できる「電界カメラ(高周波電界実時間映像化技術)」の高性能化など通信や産業分野に応用できる研究に挑んでいます。
スマホなど携帯端末の通信が高速化され、今後、「THz波」と呼ばれる波長が極端に短い高周波の電波が使われると、レーザー光のように直進するので壁などに遮られて届かないといった現象が現れます。このような高周波を使う機器が普及した時には、絶えず電波の状況がわかる電界をチェックしてアンテナなど受信装置を操作する必要が出てきます。
特殊な結晶を使って電界を光の技術で観察する場合、電波から一定の方向に波打って振動する「偏光」の成分を取り出し、測定する「偏光イメージセンサ」により、偏光の分布状況を把握し、可視化します。笹川准教授は、このセンサの感度や精度を高める技術の開発に成功しました。偏光を検出する偏光子がそれぞれの特性に応じて組み合わせの配置を工夫したうえ、2重構造にするなどの設計により、偏光のわずかな変化をキャッチし、精密に偏光の分布の測定ができるようになったのです。
笹川准教授は「電界を継続して可視化するときに、偏光の分布を瞬時に一括して見られるようにしていきたい。この技術は、半導体工場の生産ラインで製品の目では見えない傷を発見するなど、応用範囲は広く、その方向にも展開していきたい」と語ります。
笹川准教授は、これまで人工視覚の研究では、主に半導体チップの回路設計を手掛けてきましたが、その間、情報通信研究機構(東京都小金井市)の専攻研究員のときには、開発当初の電界カメラの光技術の研究に携わりました。「研究は、まず基本から始めよ、と心がけています。本学にはこれまでの研究歴を生かせる環境があります」と笹川准教授。本学の国際化についても関心が深く、タイの留学生が多いことから、パクチーなど香草、薬草を自宅で栽培し、タイ料理を味わうようにもなりました。
笹川 清隆准教授
自撮りで眼底検査
竹原特任助教は、緑内障や糖尿病網膜症などの早期発見の検査で使われる眼底カメラについて、眩しさを感じない近赤外線の照射によりカラー撮影できるカメラを開発しました。さらに、自撮りして日常の健康管理に役立つようにカメラを小型化する研究を進めています。
眼底検査は、目の瞳孔を通して、網膜の毛細血管の状態などを調べます。現在、検診などで使われている装置は、可視光をフラッシュ照射して撮影するため、非常に眩しいうえ、瞳孔が一時的に縮んでしまうといった問題がありました。
そこで竹原特任助教らは、可視光に替えて、人の目には見えない近赤外線を照射して撮影する眼底カメラの研究に着手。従来の近赤外線画像はモノクロで病変が判別し難かったのを、色分離プリズムを介して3つのイメージセンサで取得した3波長に対応する近赤外線画像を赤、緑、青に割当てて合成し、カラー化するといった技術開発により成功しました。また、カメラの小型化については、1つのイメージセンサで多波長画像を取得するために、誘電体多層膜を使った画素サイズの多波長フィルタアレイなどの研究を進めています。
竹原特任助教は、大手企業の技術者として、当時は半導体のプロセス開発を担当していました。「本学に来て、初めてイメージセンサの設計から製造までの技術開発なども手掛けることになりましたが、企業にいたときより、自分がやりたい方向に進みやすいと実感しています」と語ります。
竹原 浩成特任助教
高周波の強度を可視化する
博士後期課程1年生の岡田竜馬さんの研究テーマは、高周波が伝わる時に生じる電界の強さ(電界強度)を瞬時に可視化する「電界イメージング」です。高周波が遠くに届くとき、強度が低下していて測定が困難になりますが、その条件をクリアするシステムを提案しています。「ミリ波のレベルまでは、可視化できるようになりました。今後、THz波などさらに高い周波数の電界強度の可視化を目指すのに加え、その高周波が人体に及ぼす影響などを評価していきたい」と意欲を見せます。
幼い頃より、ロボカップジュニア(サッカーリーグ)に参加するほどロボットが好きで、ロボットに組み込まれているセンサに興味を持ったことが、イメージセンサの研究に向かうきっかけになりました。「本学は、講義が少ないので先生方が研究に費やせる時間も多く、先生方はいつも親身に相談に乗ってくださいます。これからも研究者の道を歩みたい」と話しています。
岡田 竜馬さん