酒造り酵母の機能を究め、伝統の発酵食品の起源を探る
ワイン発祥の謎解明
糖を分解してエタノールを生産するアルコール発酵の能力を持つ酵母は、古代から豊かな風味をまとった栄養価が高い食品を生み出す微生物として活用されてきました。優れた酵母の選抜・保存や培養技術の改良を重ねて、清酒やワイン、ビール、味噌、醤油、パンなどの醸造発酵食品の生産を担う産業酵母となり、時代の多様なニーズに合わせて、新たな機能を引き出す研究が進んでいます。
渡辺准教授は、このような酵母の発酵機能を調節する研究のほか、伝統の発酵技術に潜む未知の微生物を見つけ、それらが関わる特徴的な発酵の仕組みを解明するなど、多角的な視点から研究を続けてきました。
その中で渡辺准教授は京都大学との共同研究により、ワインの醸造技術発祥の起源となった自然発生の発酵現象について、「ブドウ果実の糖分をアルコール発酵するワイン酵母は、外部から到来して果皮に付着したあと、他の微生物との相互作用で果肉に入り込んで働き始めた」という仕組みを実験で初めて明らかにしました。ワインづくりは、考古学の発掘史料などから約8000年前の新石器時代に始まったとされていますが、そのきっかけになった発酵現象の仕組みについては長年の謎でした。
常在菌が酵母をサポート
渡辺准教授は、まず、生のブドウの果実が持つすべての微生物を遺伝子解析しました。その結果、アルコール発酵能力が高い酵母はもともと存在しないことが判明しました。しかし、ブドウを乾燥して貯蔵する際にできるレーズン(干しブドウ)には、アルコール発酵能が高い酵母が含まれています。そこで「古代人が、例えば果実を壺に入れて貯蔵する過程でワイン酵母が外部から運ばれてきて果皮に付着したのではないか」と考え、無菌の環境で行った実験により、ブドウ果実にあらかじめ少量の酵母を付着させてレーズンを製造した場合のみ、酵母が生育するというデータを得ました。外部からの酵母由来説の傍証が固まったのです。
さらに、ブドウの果皮表面ではワイン酵母の栄養源がなく、長く生きられないことがわかったので、そこに常在する微生物との関係を実験で調べました。その結果、常在菌は、ワイン酵母の果肉侵入の障壁となる果皮の表面のクチクラ層を分解、消費して、酵母の通り道を開けるなど、サポートしていることを突き止めました。
「今後は、ワイン酵母が虫や鳥に運ばれるケースなど、どのような経緯でブドウ果実に到来したかについて明らかにしたい。伝統の醸造技術には、起源が曖昧なケースが多いので、できる限り解明するのが大きな夢です」と渡辺准教授は語ります。
酵母自らアルコールの濃度を調節
一方、産業酵母をめぐっては、清酒酵母の研究をきっかけとして、酵母が自らアルコール発酵能を調節する機構を解明し、目的の濃度のエタノールを生産する酵母を効率的に選抜して利用できる「アルコール発酵デザイン技術」を開発しました。
アルコール発酵ではエタノールと二酸化炭素(CO2)が生じる一方、アルコール発酵に用いられなかった糖は細胞壁に蓄積されます。渡辺准教授は、エタノールの生産能力が低い酵母は、CO2の生産量が減って細胞壁が分厚くなるといった相関関係が維持されることを発見。その肥厚の程度を選抜の指標にして目的の発酵能を持つ酵母をそろえて集めることが可能になり、エタノール濃度だけを改変し、風味を損なわない技術となりました。
渡辺准教授は、大学院生時代に酵母の基礎研究を行い、博士の学位を取得後に独立行政法人酒類総合研究所(広島県東広島市)の研究員になったことから、酒造りの酵母の研究に取り組みはじめました。「酵母は産業や社会と深くつながっており、人間が手助けする中で酵母自身が働いて食品を作り上げるという能力に興味を抱きました」と振り返ります。その後、2013年に本学の助教となり、今年4月に微生物インタラクション研究室を立ち上げました。努力家で、健康づくりのために始めた水泳では、すぐに平泳ぎをマスターし、休息時には、幅広い世代に人気のキャラクター「リラックマ」に癒されます。
博士前期課程1年 吉岡求さん
奈良漬け特有の微生物
一方、学生らも伝統の醸造発酵食品の起源に迫る研究に挑んでいます。
博士前期課程1年生の吉岡求さんの研究テーマは、奈良県発祥の奈良漬けに関わる微生物です。製法は、瓜などの野菜を塩漬けにしたあと、繰り返しアルコールを含む酒粕に漬け替えて塩分を抜くのですが、アルコールの中で作る漬物は例が少なく、特有の微生物が存在する可能性があります。吉岡さんは「他の漬物づくりにはない1種類の乳酸菌(細菌)が優占して生育していることがわかりました。特有の興味深い特性を見つけたいです」と期待します。北海道出身で奈良漬けとは初めての出会いですが「これからも応用が利き、社会に役立つ研究を続けていきたいです」と話します。
同じ1年生の豊後友佳さんの研究テーマは、糸状菌(カビ)の仲間の麹菌の起源です。でんぷんを糖に分解するアミラーゼなど多種類の分解酵素を持ち、清酒など醸造発酵食品の材料を柔らかくしたり、風味をつけたりします。豊後さんは「稲わらから見つかったと古文書にあることから、イネ科植物の表面に常在する微生物を調べています。この植物の表面を覆う物質の成分を栄養源にして生きられる微生物が見つかった段階で、今後、遺伝子解析などでどのような微生物かを調べる予定です」と話します。「学部の時も麹菌を扱っていましたが、基礎研究だったので、社会実装できる応用研究に興味が向かっています」と意欲を見せています。
博士前期課程1年 豊後友佳さん