バイオサイエンス領域
花発生分子遺伝学研究室
准教授
山口 暢俊 Yamaguchi Nobutoshi
過酷な環境ストレスにも耐える植物の生き残り戦略を解明する
温度を記憶し、用意周到に備える
地球温暖化などの気候変動の影響で猛暑日が増えています。自由に移動できない植物は、高温や乾燥など環境のストレスに応答し、進化の過程でDNAの遺伝情報として身に付けたさまざまな生体防御システムを働かせます。
その中で、遺伝子であるDNAの分子が、タンパク質(ヒストン)に巻き付く形で格納されている染色体に対し、メチル基など化学物質がヒストン側に結合(ヒストン修飾)したり、除去されたりすることが引き金になって、防御システムに関わる遺伝子稼働のスイッチが入るといった現象が注目されています。これは、DNA分子の遺伝情報を記載した塩基配列(塩基の並び順)を書き換えることなく、後天的(エピジェネティック)な物理化学反応により、特定の遺伝子の発現を制御する機構です。詳細に解明されれば、植物が臨機応変に対応する生き残り戦略の謎を解き、砂漠など過酷な環境での農作物の栽培が可能になります。
こうした植物のエピジェネティックな生体防御機構を研究する山口准教授は、モデル植物のシロイヌナズナの実験により、「繰り返す高温の刺激に適応した植物は、そのあとに気温が下がっても、しばらくの間は生体防御のシステムを維持し、再度の高温刺激に備えている」というストレス対応戦略を世界で初めて明らかにしました。植物の細胞はストレスがかかる温度を記憶し、用意周到に対応する準備を整えていたのです。
遺伝子を変えずに自在に操作
実験では、高温にさらされて壊れたタンパク質を修復する「熱ショックタンパク質(HSP)」をコードする遺伝子発現の状況を調べました。その結果、ヒストンにメチル基が結合している状態では、HSPの遺伝子の働きは抑制されているものの、高温になると、特定の酵素が蓄積してメチル基が除去されるとともに、遺伝子が活発に働きはじめ、HSPが活発に作られることがわかりました。このメチル基の状態は、3日間維持されました。
「植物は温度を記憶していて、気温が37-44度になると暑いと感じているようです。そこで、温暖化対策として、暑さに慣れて耐性を持つ高温順化の機構が活かせないかと思っています。例えば、その役割があるHSPの遺伝子を効率的に働かせるため、暑くなれば、一時的にヒストン修飾を除去するといった方法です」と山口准教授。「環境ストレスの応答については、高温をはじめ光や乾燥の影響も研究しています。これらの要因の関連も調べていきたい」と抱負を語ります。
また、2023年度文部科学省 科学研究費補助金 学術変革領域研究A「植物気候フィードバック」の研究では、植物が揮発性有機化合物(BVOC)を放出したあとに、ストレス耐性を獲得するという現象の背景にあるエピジェネティックな機構の解明にも挑んでいます。
競争してパートナーを勝ち取る
山口准教授の植物研究の出発点のテーマは、花の形態形成です。東京大学大学院理学系研究科で博士の学位を取得した後、米国・ペンシルベニア大学で博士研究員となり、そこで花の形づくりと環境応答との関係を研究していたことをきっかけに研究テーマを広げました。
山口准教授の花の形態形成に関する大きな研究成果のひとつは、環境条件や植物の生育状況が花づくりにふさわしくないときに、関連遺伝子のスイッチをオフにする仕組みの詳細を明らかにしたことです。開花の時期を操作する技術にもつながります。
花芽の形成を開始させるタンパク質「フロリゲン」は、葉で作られたあと、茎頂に運ばれて、そこで特定の転写因子(FD)と結合して、花づくり関連の遺伝子のスイッチを入れます。一方、開花にふさわしくない条件では「TFL1(TERMINAL FLOWER 1)」というタンパク質が遺伝子をブロックして抑制し、「待った」をかけます。
山口准教授は、シロイヌナズナの実験で、フロリゲンとTFL1は同じ転写因子のFDを結合のパートナーにしていることを突き止めました。両者は拮抗していて、同じFDを取り合った結果、花を咲かせるかどうかが決まったのです。
毎日が80点
「花の形態形成については、子孫を残すために決まった道筋でプログラムされていて頑健性があります。一方、環境応答は、状況に応じてプログラムを柔軟に変えないと生きていけず、その変化の幅がポイントになります。いずれも興味が尽きません」と山口准教授。エピジェネティックな制御については「DNAの塩基配列を音楽の音名に例えれば、それをどのように演奏するかというようなもの」と巧みな表現で説明します。
米国で5年半の研究生活のあと、2016年に本学に赴任しましたが「当初は、日本の学会では浦島太郎のようでしたが、最近は年齢的にも中堅になり、交流の幅を広げる機会が増えています」と意欲を見せます。
研究三昧の生活の中で、仕事は「毎日80点」がモットー。「徹夜して研究しても、翌日に一日中寝ているなら、平均で50点にしかなりません。だから私は、毎朝7時に出勤して17時には家に帰れる段取りで仕事をします」と語ります。自宅では夫婦で愛犬のミニチュア・シュナウザー2頭と遊ぶのが楽しみだそうです。