物質創成科学領域
光機能素子科学研究室
准教授
笹川 清隆 Sasagawa Kiyotaka
脳の活動から電波の挙動まで、見えない現象をセンサで可視化する
半導体の回路を設計
脳内の神経細胞の活動の様子を検知したり、高速で発信する電波の振る舞いを明示したり、通常、目の当たりにできない現象をリアルタイムで可視化する技術の開発に挑んでいるのが、笹川准教授です。光を電気信号に変換してデジタル画像に仕立てる「イメージセンサ」という半導体(CMOS)装置の設計加工などを軸に、医療や情報通信など応用分野の出口が広い研究を続けています。
「半導体チップの回路設計を行う研究室なので、例えば、イメージセンサを研究の目的に合致するように独自に作って、実用段階まで手掛けていけるところが強みです。独自の設計をさらに一工夫と改良を重ねることで、これまでにない唯一の装置を作っていきたい」と意欲を見せます。
レンズがない顕微鏡
最近の大きな成果は、実験動物のマウスの脳内に超小型軽量のイメージセンサを埋め込み、自由に行動させながら、個々の脳神経細胞の活動による発光の明るさの微妙な変化などを広範囲に計測できる装置を開発し、複雑な脳細胞の働きや病因の解明に役立つ生体情報の取得の精度を飛躍的に高めたことです。
開発した顕微鏡は、サイズを縮小するためにレンズがなく、厚さ約150ミクロンの極薄でのセンサを脳内に差し込み計測するタイプの「生体埋植蛍光イメージセンサ」という装置です。体重20―30グラムのマウスに対し、このセンサは0.02グラムと、従来のレンズ付き顕微鏡の100分の1の軽さで負担が少なく、脳内の深部まで差し込んで広範囲に測ることができます。
測定方法は、神経細胞が刺激に反応するときに、細胞に組み込んだ緑色蛍光タンパク質(GFP)が発する緑色の蛍光のわずかな明るさの変化を手掛かりに検知するものです。ただ、レンズがないと、蛍光を発光させるために照射する励起光(青色光)が除けず、散乱して蛍光に混じり計測の精度が低下してしまいます。そこで、笹川准教授は、イメージセンサに励起光を跳ね返す干渉フィルターと、吸収して除去する吸収フィルターの2枚を重ねた超薄膜を転写して貼り付け、レンズの役割をさせる技術開発に世界で初めて成功し、センサの性能を高めました。
「脳の深部まで計測できると生命活動の根幹に関わる部位まで観察できます。中毒症状の研究などにも使えると思います」と意欲を見せます。
電界をとらえた
一方、電子回路で高周波の電波を発したときに、その周囲に生じる電界の分布状況を、イメージセンサによりリアルタイムで可視化できる「電界カメラ(高周波電界実時間映像化技術)」の研究にも取り組んでいます。
その仕組みは、電界に応じて光の屈折率が変化する電気光学結晶という物質を使い、電界の分布を光の情報に変換してイメージセンサで検出し、そのデータを高速に並列処理して、即時に画像化するのです。この際、光の情報は、一定の方向に振動する「偏光」の変化としてセンサで観察し分布状況を把握しますが、笹川准教授は、偏光を検出する偏光子をそれぞれの特性に応じて適切な配置の組み合わせに換えるなどして、感度や精度を高めることに成功しました。
こうした電界イメージング技術は、半導体工場の生産ラインで製品の回路の欠陥など不良品を容易に見つけるなど応用範囲が考えられます。なかでも通信の高速大容量化に伴い、今後電波の波長が極端に短い「ミリ波」「THz波」といった超高周波が普及すると、電波がレーザー光のように直進性を増して、壁により遮断されるケースもあり、電波の管理が重要になってくるだけに期待は大きくなっています。笹川准教授は、総務省の戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)で「高感度ミリ波電界リアルタイム撮像装置の開拓」の研究テーマが採択されており、「電界イメージングの技術をTHz帯まで拡張するとともに、従来法よりも100倍以上の高感度を実現する」との目標を掲げています。
笹川准教授は大学院博士課程を修了したあと、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の専攻研究員となり、そこで世界初の電界カメラの開発に携わりました。「以前研究を行っていたときはセンサの感度がそれほど良くなかったものの、イメージセンサから独自に設計することで大きな伸びしろがあると確信していました」と振り返ります。多岐に渡る研究テーマを抱え多忙な毎日ですが、サツマイモやタマネギを栽培する畑仕事は欠かしません。「作物がうまく育つと励みになります」と話していました。