グリーンエコノミーへの挑戦
~この星に棲み続けるために~
奈良先端大東京フォーラム2022「グリーンエコノミーへの挑戦~この星に棲み続けるために~」が11月23日、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開催されました。地球温暖化により、環境の悪化や食糧、エネルギーの問題が深刻化する状況に対し、ウェルビーイング(幸福)な社会構築の動きが世界的に加速しています。そこで持続可能な開発・発展のための「グリーンエコノミー」を実現していく道筋について、 幅広い分野の識者が語り合いました。
主催者あいさつ
デジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ばれる変革の動きに加えて、地球温暖化や新たな感染症の勃発などが世界的な課題として認識され、科学技術や社会、個人の生活に至るまで、大きな変化が起きています。その中で持続可能性や循環型社会が重要視されるようになりました。これら新たな価値観の下での経済発展を目指すグリーンエコノミーの実現が、これからの課題とされ、先進技術で課題を解決して社会変革を促すグリーントランスフォーメーション(GX)という言葉も生まれています。このDXとGXの世界的な潮流の中で、奈良先端大が積極的な役割を果たすべく「デジタルグリーンイノベーションセンター」を設立しました。さらに、本センターと産業界や自治体の連携により、最新技術の社会実装と人材育成に取り組む「NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム」もスタートさせたところです。
今回の東京フォーラムは、再生可能エネルギーや脱炭素のための環境技術、植物の利活用によるイノベーションなど、グリーンエコノミー実現に向けての課題と現状について幅広い分野の識者に議論していただきます。
基調講演「グリーンエコノミーを実現するイノベーション」
地球温暖化対策として、CO2など温室効果ガスの排出量と吸収量の差をゼロにするカーボンニュートラルを達成するには、まず省エネを行い、次いでCO2を出さない原子力と再生可能エネルギーを使っていきます。再エネの場合は、需給バランスを取るために蓄電池などエネルギー貯蔵装置が必要です。国内だけでなく、外国の再エネを使ってクリーンな水素かアンモニアの形にして持ってくるという方法もあります。水素は化石燃料からも生産でき、CCS(二酸化炭素回収・貯留)により生産過程で出るCO2を地下に埋めればCO2排出なしで作ることができます。 イノベーションについては、内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」の中で進められているダイレクトエアキャプチャー(DAC)の取り組みを紹介します。DACとは大気中のCO2を回収する技術です。様々な研究が行われていますが、RITEで開発した固体吸収剤は、比較的低温の60℃程度で分離・回収できます。DACは世界のどこでも設置が可能なので、コストダウンできれば、最後の拠り所の技術になると考えています。
エネルギー政策の基本方針は、「エンバイロメント(環境適合性)」だけでなく、「エネルギーセキュリティ(エネルギー安全保障)」や「エコノミックエッフィシェンシー(経済効率)」も配慮することになっています。
私は、脱炭素実現の基本にあるのは、クリーンで効率的な二次エネルギーである電気と水素だと思います。電気はさまざまなものから作れて、一旦、電気にすると非常に効率よく使える。水素も同じです。電気については需要者側からも需給調整できる「デマンドリスポンス」の資源として電気自動車などにも使えます。
また、IoT、ビッグデータ解析、スマートセンサーなど、これまで温暖化対策と意識されていなかった技術により、エネルギーと情報が統合されて社会システムのイノベーションを起こせる可能性があります。結果的に電化とデジタル化で革命的なエネルギー節約が果たせると思います。
【経歴】
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。 財団法人電力中央研究所 経済社会研究所 研究主幹などを経て東京大学教授に就任。現在、同名誉教授、総合資源エネルギー調査会や産業構造審議会などの委員を歴任 。専門分野はエネルギーシステム工学。
特別講演
「脱炭素で成長を実現する~イノベーション&トランジション戦略~」
人口減少などで日本の経済が縮小してしまうという懸念に対し、むしろ脱炭素のイノベーションなどを原動力にして経済成長を押し上げようという発想で取り組むべきではないかと思います。かつてのように脱炭素が経済成長の足かせとなる時代は終わりました。
カーボンニュートラルの実現は、CO2排出の40%を占める電力などエネルギー産業だけでは達成できません。温室効果ガス排出を実質ゼロにするには、産業構造や地域・国土のデザインを変え、生活者も含めて全ての主体が行動変容を起こし、クリーンな社会をめざす必要があります。
そこで、企業が取り組むべき重要なポイントは、技術革新だけでなく生産性を向上させるイノベーションを起こすことです。それに挑戦しつつ、達成していく過程でのトランジション(移行)戦略を筋道を立てて確実に実行していくことも企業の重要な責任です。このための企業の経営革新も必要です。
こうした企業の活動を情報開示していけば、これから必要とされる長期間かつ多額の投資に対しファイナンスの支援もついてきます。世界のファイナンスを呼び込み、イノベーション投資をいかに誘発するかで成長に差が出てきます。
日本は、革新的な商品・サービスを開発し、社会実装するプロダクトイノベーションの実現率が低いといわれます。その原因として、マーケティングや労働者の訓練など経済的競争力の向上に関わる無形資産への投資が、他国に比べて格段に弱いことが挙げられます。逆に言えば、そこに意識的に投資することにより、イノベーションの実現率が上がることになります。
こうした脱炭素の取り組みは、現在、大企業が中心で、サプライチェーン全体で行わなければならないという課題が残されています。人材の育成も大切です。多様な主体との新たな協業を進めることで、新しい価値が実現できていくと思います。
【経歴】
一橋大学法学部卒業後、日本開発銀行に入行。銀行統合、M&A、財務戦略、ヘルスケアファイナンス、常務監査役、米国スタンフォード大学国際政策研究所客員フェローなどを経て、株式会社価値総合研究所代表取締役会長に就任。 公益社団法人経済同友会副代表幹事、環境エネルギー委員会委員長も務める。
パネルディスカッション
「Plants SAVE the planet」~植物の可能性が拓く明日の暮らしとビジネス~
パネリスト
公益財団法人地球環境産業技術研究機構理事長 山地 憲治氏
株式会社価値総合研究所代表取締役会長 栗原 美津枝氏
アクプランタ株式会社CEO、東京大学特任准教授 金 鍾明(キムジョンミョン)氏
株式会社辻本智子環境デザイン研究所代表取締役所長 辻本 智子氏
株式会社サンルイ・インターナショナル代表 森田 敦子氏
奈良先端科学技術大学院大学デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)センター長 出村 拓氏
コーディネーター
株式会社国際社会経済研究所理事長 藤沢 久美氏
藤沢氏 植物の可能性に基づいた社会の未来像を実現するには、どのようにすればいいか、その道筋について議論していきたいと思います。まず、パネリストの方の取り組みの紹介をお願いします。
金氏 私は、植物科学の研究者だった時に、どんな植物でも乾燥を感じると酢酸を作り出して強くなることを発見しました。そのことから、植物に酢酸を与えて乾燥に耐えさせる技術を開発し、ベンチャー企業を立ち上げ、製品を販売しています。北海道の干ばつに襲われたブロッコリーの畑では、この製品を1回使うだけでほぼ100%活着し、1ヘクタール当たり約80万円の経済損失を防ぐことができました。この技術を使って、最終的に砂漠化などが進む世界中の地域で生産力を高めようとしています。
辻本氏 海外の植物園には社会・経済的効果が仕組まれています。花緑と緑は「感動、交流、環境、教育・健康・研究開発、経済」といった社会文化経済効果を持ちます。うまく生かせば、花緑施設はまちづくりインキュベーターとなります。私はそのような社会文化経済効果を上げる理想の植物園づくりを「ライフスタイル、市民参加型、産業振興」といった視点から創ってきました。
森田氏 パリ第13大学で植物の薬理学を学びました。植物が本来持つ生体防御などの機能性成分が、私たちの体にもたらす効果を大学の研究者とともに調べており、医療現場や介護の現場などで活用して行きたいと思っています。
出村氏 奈良先端大では、グリーンエコノミーの実現を重要なミッションととらえ、イノベーションを推進するとともに、SDGsの達成を目指してCDGを設立しました。国際連携や地域連携、産学連携により、研究力を強化し、イノベーション人材を育成します。社会人の学び直しのためのリカレント教育も行います。その中で、具体的な問題解決に取り組み、啓発するために必要なのが社会科学で、その分野の人材を含めたコンソーシアムを立ち上げることになりました。私自身は、木質バイオマスの細胞の基礎科学研究が専門で、遺伝子組み換えのポプラを作り、調べてきました。現在、光る植物の遺伝子を導入する技術を使い、街路樹や観葉植物を自ら光らせる研究を手掛けています。
藤沢氏 植物や自然環境を活用してつくる未来のウェルビーイング(幸福)な社会にはどのような課題がありますか。
辻本氏 SDGsを取り入れたライフスタイルが求められるでしょう、私たちの分野でしたらグリーンインフラ整備が大きな産業となるでしょうが、循環型ライフスタイルの構築は身近にあります。ガーデニング好きの人たちは生ごみ堆肥づくり等すでに循環型ガーデニングを実行しています。私たち日本人は自然との共生が生んだ独特の自然観・美意識で衣食住空間デザイン、伝統文化・芸能、伝統工芸、産業を築いてきました。これらは今も世界で評価を受け、時代が変わってもイノベーションを繰り返し生き残っています。地域の伝統産業や工芸を現代の暮らしの中でいかにデザイン・継承していくか、日本の美意識で現代の暮らしをデザインする等、共生の暮らしが生んだ伝統産業等とのやり取りの中にイノベーションのシーズがあるのではないでしょうか。
金氏 このまま異常気象が続くと農業生産やエネルギーの確立に甚大な被害が出るという予測を日本ではあまり深刻にとらえられていません。そこで、我々の技術を使って干ばつでも農業生産できるなど、被害状況の進行に応じて段階的に対処できるイノベーションの開発を手がけることが科学者の責務と思っています。
森田氏 今愛知県で、CCRC(生涯活躍のまち)の活動を行っています。高齢者の健康維持に必要な薬草の生産を地元の農家に直結して依頼していますが、耕作放棄地が増えています。地域が高齢化していくなかで、在宅ケアの課題もあります。このような問題を解決するために、インフラを持つ企業、農家、奈良先端大が連携して新たなるイノベーションを地域のまちづくりに生かし、未来に繋がればいいと思っています。
藤沢氏 こうした未来の幸福な社会の実現に植物の力を役立たせるには、どのような視点が必要でしょうか。
山地氏 植物が本来持ってる1つのすごく高い価値は「癒し」です。イノベーションの立場から言うと、快適な環境を作るための温度や湿度、色合いなどを植物から学ぶことが多い。もっと大きいのは、植物が人類史で大きな展開点となった農業革命を起こしたことです。そこに立ち返って、新たな視点からみていくのは、非常に大事だと思いました。
藤沢氏 それでは、グリーンエコノミーの取り組みに投資を求めるときは、どのような視点が必要でしょうか。
栗原氏 脱炭素により気候変動問題を解決していくことが、企業の成長に結びつくというストーリーが描けると投資がなされます。しかし、植物、自然の可能性については、それを可視化し、投資をするのは、非常に難しい。植物や自然の力をいかにイノベ―ションや成長の機会にしていくか、人々の幸福に結びつけていくかという数値で表し難い根源的な問題に取り組み、社会的な共感を得ていかないと、企業や産業は成長しません。市場が受け入れないばかりか、その企業の従業員、消費者からも支持されません。グリーンエコノミーを主体的に実現してゆくような組織風土や社会風土、文化が培われていくことが重要と思います。
出村氏 私たち比較的基礎的な植物科学の研究者は、社会実装にあまり眼が向いていませんでした。 だから企業との繋がりも、企業の方が興味を持ってくれたら、少し研究のお手伝いをするぐらいでした。今は光る植物を起業化し、社会実装に結びつけることを考えていて、勉強不足を感じています。奈良先端大では、この点を重視し、イノベーション教育部門を設けています。市場がどのように自分たちの研究シーズを受け入れるかというところに本気で目を向ける時期が来ています。
藤沢氏 植物の可能性というテーマで大学が中心になって、さまざまな分野の方が集まり、互いの分野に踏み込んで協議する可能性はあります。それによって、大きな課題の新たな解決策を練っていくことが、我々のみならず地球のウェルビーイングにつながると感じました。