大学発展の力として共創をさらに進めたい
奈良先端科学技術大学院大学の塩﨑一裕学長が就任して任期(4年)の折り返し点である2年が経ちました。この間に全学の教職員、学生が協働してミッションを実現するという「共創」の理念に基づいたキャンパスコミュニティーが形成されつつあります。そこで塩﨑学長に、この2年間の取り組みの成果や今後の大学運営の方針などについて聞きました。
共創コミュニティー宣言を策定
――この2年間の学長の職務について、感想を聞かせてください。
塩﨑学長 この2年間は、本来の業務に加えて、情報収集しながら緊急に対応する必要に迫られた案件が多く、瞬く間に過ぎたように感じます。一つは新型コロナウイルス感染症です。感染者の発生状況には増減の波があり、政府・自治体の対策も変化する中で、本学の教育研究活動をなるべく継続しながら、学内の感染者の発生を抑制していくために日々の対応が求められました。
もう一つは、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに始まった、世界的なエネルギー価格の上昇により、光熱費をはじめとする物価の高騰が続いており、本学としても財務の面で緊急対応に追われました。
――「共創」の理念は、どのような形で実現していますか。
塩﨑学長 日本では、入学した学部を卒業後、そのまま同じ大学の大学院に入る学内進学がほとんどですが、本学は学部のない大学院大学ですので、国内外のさまざまな大学や高等専門学校の卒業生、社会人を受け入れており、日本の大学院としては学生の多様性が非常に高くなっています。さまざまな教育を受けてきた学生や、多彩な研究経歴を持つ教員が集まる多様性が本学の強みであることを、大学の構成員が認識し、これを大学発展の力として共創を進めていけることは、本学の強みだと考えています。
昨年4月に発表した「共創コミュニティー宣言」が策定されたきっかけの一つは、毎年行っている学長と学生の懇談会の中で、ある留学生から「私の国は多民族国家なので、人種差別を認めないなど多様性について、国や大学が明確なポリシーを持って対応しています。奈良先端大はどのように考えていますか」という質問があったことです。不当な差別をしないなどは当たり前のことであっても、大学コミュニティーの理念として明文化することは、本学の構成員に加えて、これから本学を志望する学生や、ここで働くことになる教職員に対しても重要なメッセージになります。男女共同参画室が中心となって、学生・教職員の方々からなるプロジェクトチームが草案を作成し、広く構成員の方々の意見を取り入れて、「共創コミュニティー宣言」として日本語と英語で公表しました。先に発表した「学長ビジョン2030」と合わせて、本学の多様性に基づいた共創という理念が明確になったことは、非常に重要な一歩だと思います。今後、共創コミュニティー宣言に基づいたアクションプランに沿って、この理念を実現していくための議論と具体的な実践を積み重ねていくことが大切だと思います。
融合分野のカリキュラムを整備
――情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3領域の融合分野を取り入れた教育プログラムはどのように整備されていますか。
塩﨑学長 大きな変化は、融合領域の教育プログラムについて、それぞれのコンセプトと育成人材像を明確にして再編したことです。2018年度に情報、バイオ、物質の3研究科を1研究科に統合した時には、3領域それぞれの教育プログラムに加えて、情報とバイオ、バイオと物質、物質と情報を組み合わせた3つの融合プログラム、さらに3領域すべてをまたいだ融合プログラムとしてのデータサイエンスプログラムの計7つでスタートしました。昨年度の再編では、それら4つの融合プログラムを、既設のデータサイエンスプログラムと、新たに設置したデジタルグリーンイノベーション(DGI)プログラムの2つにしぼり、合計5つの教育プログラムとしました。
DGIプログラムを運営するデジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)は、社会的課題の解決を目指す課題解決型の研究開発を実現するために、情報、バイオ、物質それぞれの領域の知見、研究技術を結集するアプローチをとっています。DGIプログラムは、SDGsなど世界的な社会課題の解決に先端科学技術がどのように貢献できるかを学び、考えることに興味を持つ学生を受け入れることで、社会的な教育のニーズに応えるものであると考えています。
大学と産業界の距離を縮めたい
――研究の面でも共創の成果が出てきていますか。
塩﨑学長 1研究科体制に移行して以来、それまでの3研究科間のカルチャー(文化)の違いを越えて、教員同士のコミュニケーションが盛んになってきました。とくに、領域間の異分野融合的な研究や、学際的研究センターとして設置されたデータ駆動型サイエンス創造センター(DSC)、およびCDGを足場に、さまざまな分野の教員、学生が共に取り組む新たな方向性を見据えた研究活動が非常に活発になってきています。
また、DSCとCDGは、それぞれが企業の研究者らとともにコンソーシアムを形成し、その中で本学の研究シーズを産学連携に発展させたり、逆に企業側のニーズを把握して、共同研究や受託研究を行うという新たな取り組みを進めています。大学と産業界の距離を縮める、本学の新たな挑戦と言えると思います。
――地域貢献については、どのように進められますか。
塩﨑学長 大学という教育機関にとっては、人材育成が従来から一番大きな地域貢献です。加えて、学内に地域共創推進室を立ち上げて、地域の企業や自治体の方々に本学の研究シーズや学識を活用していただくという社会還元の姿勢を明確にするとともに、その窓口を整備したことは本学の一つの転機ではないかと思います。
その結果、地域共創推進室を中心として自治体の方々との交流が非常に活発になってきたことは、この2年間の大きな成果です。生駒市とは、それぞれが持つ知的・人的・物的資源などを有効に活用し、相互に協力する包括連携協定を締結し、また、奈良県とも包括連携の基本協定を結んでおり、これから連携が実質化してくると思います。生駒市とはすでに連携の中身について議論を進めており、例えば毎年開催している市民公開講座を生駒市と共同開催する方向で検討しています。さまざまな形で本学と地域の距離が近くなるようにしたいです。
――大学の業務や研究にデジタル技術を導入し、そのあり方を改革するDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は、差し迫った課題ですね。
塩﨑学長 学長就任時に提示した「学長ビジョン2030」の目標の一つに「デジタルキャンパスの推進による大学機能の効率化と強靭化」を掲げています。本学は比較的規模が小さいこともあって、今まではデジタル化に投資してもそれに見合うメリットは少ないと考えられていました。しかし、コロナ禍で、授業や業務をオンラインで行うことなどのニーズやメリットが見直されたこともあり、DXを推進するチャンスと考えています。
もうひとつは、情報科学やデータサイエンスはもちろん、さまざまな学問分野の教員・研究者がデジタル化に興味を持ち、新たな形での研究の発展に対する期待が高まっていることです。この点からもキャンパスDX化は重要事項であると考えます。デジタル化については、活用できる市販の製品の選択肢も増えつつあり、本学のニーズに合わせて導入の方針と計画を決めるとともに、教職員のリテラシーの向上にも努めることで進んでいくと期待しています。
外部資金の積極的な獲得を目指す
――今後の大学運営の方針は。
塩﨑学長 基本的には、「学長ビジョン2030」に盛り込んだ大学運営の方向性の具体化とその実施です。将来の本学を担うリーダー人材の育成も見据えながら、取り組んでいきたいと思います。また、今回の電気料金の高騰のような緊急事態に対応できる財務的な強靭さを確立するため、大学のさまざまな支出を再点検するとともに、教員配置のあり方や事務局の体制の再検討も進んでいます。さらに、新たな外部資金を積極的に獲得することを目指して、戦略企画本部に補助金、助成金を申請するためのプロジェクトチーム(PT)を立ち上げています。文部科学省を中心に新たな教育、研究のプログラムが相次いで発表される中で、本学のミッション実現に役立つ補助金を選択し、これらPTで教員と事務局が一体になって申請の準備を進めます。その過程で教職連携という「共創」が深まることも期待しています。