各領域の特徴を見極め、有機的に融合して研究教育の拡充に努めたい
奈良先端科学技術大学院大学は、急速に進む社会のデジタル化、地球環境の変動など喫緊の課題に柔軟に対応するため、高度な研究や優れた人材育成の体制を拡充し、さらなる発展を目指しています。そこで、4月に先端科学研究科長に就任した廣田俊物質創成科学領域教授(領域長)に、新設された医工連携の「メディルクス研究センター」、2025年度からの入学定員の増加など研究・教育環境の進展のための方策を聞きました。
――本学先端科学技術研究科長に就任され、今のお気持ちは。
廣田研究科長 昨年度から物質創成科学領域長を務めています。今回、その領域の枠を広げて、大学の研究科全体の研究・教育の方針を見渡して調整し推進する立場になり、身が引き締まる思いです。本学が掲げる共創の精神のもと一丸となって取り組み、高度な教育と世界水準の研究を達成できるように、精一杯頑張りたいと思います。
――本学の研究・教育体制の大きな特色として、情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学と学問研究の対象や手法がそれぞれ異なる3領域が1研究科にまとまり、有機的に連携して成果を上げています。多様な分野の研究・教育の方針を調整して推進するリーダーとしての抱負を聞かせてください。
廣田研究科長 1研究科体制がスタートして6年経ち、領域をまたいだ融合分野の研究などが軌道に乗っています。ただ、研究の進め方、成果の評価の仕方などについては、各領域の背景にある専門分野特有の考え方が引き継がれていて、少しずつ異なっています。だから、各領域の考え方を尊重しつつ議論を重ねていますが、当面は統一した方法でできる研究と各領域で個別に行う研究を振り分けることで、研究に着手するまでの手順をできる限り簡略化し、有効に進めていく道筋をつけることが大切だと思います。
私が所属する物質創成科学領域は、物性、デバイス、化学、バイオマテリアルズ、データサイエンスと大きく分けて5つの異なる系統の分野の研究室を有しています。このため、領域内でも異分野が融合して行う共同研究の調整を行ってきました。その経験を活かしながら、研究のベストな進め方を探っていきたいと思います。
最先端の光研究を医療分野に活かす
――本学の研究・教育は、3領域と「データ駆動型サイエンス創造センター(DSC)」、バイオサイエンスを基盤にIT技術との融合研究を行う「デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)」が共創して取り組んできました。今年4月には、新たな研究科附属施設として、医工連携研究の「メディルクス研究センター」が設立されましたが、どのような研究活動を望んでいますか。
廣田研究科長 本学には、情報科学のAI(人工知能)、バイオサイエンスなどが展開してきた医療技術の研究基盤があり、一方で、物質創成科学は光を利用した画像のイメージング、細胞活動の制御など最先端の光技術の研究に注力してきました。メディルクス研究センターの目標は、3領域が行ってきたこうした研究を融合し、新しい医工連携研究を推進することにより、「医療(メディカル)を光(ルクス)らせる最新技術の研究と開発」となります。専任教員も選考中です。
センターの研究推進部門では、画像、光スペクトルによる診断データのAI解析や、細胞、ウイルスなどの光操作を使った治療方法の開発、脳科学などに関連する光デバイスの開発が主要課題になっています。また、産学連携コンソーシアムを組織し、奈良を中心にした医工連携のハブとなる活動も進めます。
本センターでは、研究活動がベースになります。長年、取り組んできた最先端の光技術研究やAI、メディカル生物学の研究は、本学の強みであり、領域間を横断して融合し、総合科学である医療の発展に貢献していきたい、と思います。
博士をめざす学生の増加に期待
――教育の面では、本学は文科省の「大学・高専機能強化支援事業」に採択され、2025年度から情報科学関連の入学定員が増加するなど、これまでの実績が評価されています。今後の人材育成の課題をどのようにお考えですか。
廣田研究科長 博士前期課程(2年間)から博士後期課程(3年間)に進学する学生をいかに増やしていくかが一つの課題でしょう。文部科学省が大学院段階における「授業料後払い」制度を創設(2024年度)するなど生活環境の充実を図っていることもあり、学生数は増えています。また、博士後期課程の学生の就職状況は非常によくなっています。実際のところは企業側の深刻な人手(研究者)不足によるところが色濃く関わっていますが、例えば、企業の担当者が学生の学会発表を聴いてコンタクトしてきて、博士後期課程2年生の段階で企業への就職が内定するようになってきました。以前のように、3年生になっても就活に走り回るようなことはなくなり、研究に集中できる環境が整いつつあります。それだけに、研究意欲の高い学生に進学をアピールしていきたいと思います。
――本学は、国内の大学の中でも多くの留学生を受け入れ、国際化が進んでいますが、これからの課題は。
廣田研究科長 東南アジアを中心に優れた留学生を多く受け入れてきましたが、留学生側も日本のほか、米国、韓国、シンガポールなどを留学先に選ぶケースが増え、他国の大学との競合が一段と激しくなってきました。本学の高い研究水準だけでなく、共創コミュニティといわれる大学独自の研究し易い環境などの魅力を知ってもらい、教員や留学生OBのネットワークを通じて積極的に働きかけるといった取り組みを強めていく必要があると思います。
チャレンジ精神を大切に
――廣田研究科長は、生体内で化学反応を行う金属タンパク質や免疫反応を担う抗体タンパク質などの構造と機能の基礎科学研究で知られています。京都大学大学院、総合研究大学院大学卒業後は、名古屋大学、京都薬科大学などを経て2007年に本学教授として赴任されました。これまでの研究生活を振り返り、若手研究者、学生に贈る言葉を教えてください。
廣田研究科長 本学に赴任したときから感じていることですが、学部がない大学院大学なので、入学した学生は学部のしがらみがなく、誰もが初対面でここが研究の出発点と仲間意識が芽生え、研究に対するモチベーションが高まります。それだけに「自由な発想で新しいテーマにチャレンジする」という精神で研究に臨んでほしいと思います。