移動できない植物が、環境や病害に対応する仕組みを解明
植物、森林など「みどり」に関する学術上の顕著な功績を讃える令和6年(第18回)「みどりの学術賞」が、奈良先端科学技術大学院大学の西村いくこ理事に授与されました。西村理事は、植物細胞生物学などの分野の研究で知られ、今回の受賞は、移動できない植物が環境や病害に応答する仕組みについて、植物細胞内の「液胞」や「小胞体」と呼ばれる細胞内膜系のオルガネラ(細胞内小器官)が重要な役割を果たしていることを解明した研究実績などが評価されました。また、日本植物生理学会長などを務め、学術研究の推進に貢献してきた業績も認められました。
西村理事は「長年、多様なテーマで植物を研究してきましたが、それらの研究の転機のときに出会い、植物の細胞の面白さを教えていただいた先生方や研究生活を共にした同僚や学生さんなど、多くの方に感謝を申し上げたい」と話します。
今回の受賞対象になった研究は、多岐にわたります。まず、液胞タンパク質の前駆体を合成の場(小胞体)から液胞へ輸送する小胞を発見。この小胞の解析から、タンパク質を液胞へ正しく運ぶための受容体を同定し、植物特有の輸送経路があることを明らかにしました。次いで、液胞に運び込まれたタンパク質の前駆体を成熟型に変換する酵素(液胞プロセシング酵素と命名)を同定。この酵素は、植物の様々なプログラム細胞死の鍵となることがわかりました。その一つが、感染したウイルスを巻き込んでの細胞死です。つまり、感染細胞の液胞の膜を崩壊させることで、液胞内の分解酵素を放散して、ウイルスを撲滅しつつ細胞も自殺するというものです。
一方、細胞の外で増殖する細菌の場合は、液胞の膜と細胞膜を融合させてトンネルをつくり、液胞内の抗菌物質を放出して細菌を攻撃するという巧妙な技も見つけました。また、アブラナ科植物が害虫に対する防御として、食害を受けた細胞で忌避物質の生成に関わる小胞体由来のオルガネラ(ERボディと命名)を発見しました。
静的と思われがちな植物ですが、細胞内に張り巡らされた小胞体が高速流動することを発見し、次いで、この流動を起こすモータ分子が、器官レベルでは、茎などの器官の曲がりを抑えるブレーキとして働き、植物の姿勢を制御していることを見出しました。
応用研究では、緑葉の表面で二酸化炭素や水の出入り口として働く「気孔」を増やすペプチドホルモン(ストマジェンと命名)の発見があります。農作物の生産性向上に資するものとして注目されています。
西村理事は「生命現象は、さまざまな種類のタンパク質の働きによるものなので、その現場であるオルガネラを中心に研究してきました。生物の研究は、一つ一つの現象を素直に見極めて解いていくのが私の信念です」と話します。
西村理事は、1979年に大阪大学大学院理学研究科博士課程修了後、岡崎国立共同研究機構(現自然科学研究機構)基礎生物学研究所助教授、京都大学教授、甲南大学理工学部教授などを歴任しました。2023年から本学の理事となり、「教育研究連携」「ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人材を活用し、その能力が発揮できる環境づくり)」などを担当して大学の運営に携わっています。また、現在も長年の研究のパートナーである夫の西村幹夫・基礎生物学研究所名誉教授とともに研究を続けています。
本学の植物学研究について、西村理事は「科研費の学術変革領域研究(旧新学術領域研究)のようなグループ研究のリーダーとなって一つの学問の潮流をつくり、日本の研究のレベルを底上げするような研究者が多くおられます。そのリーダーのもとで、学内外の若い研究者が出会い、育っていくという望ましい研究環境づくりが実践されている」と話しています。
下記の受賞記念イベントにて講演されます。
「令和6年(第18回)みどりの学術賞受賞記念イベント」
https://mext.smktg.jp/cc/0ylgAkZUe0x9wT9uc2H ※申込は2024年7月28日(日)で終了します。