急進するAI活用の時代に応じた特許申請の審査基準が必要
特許庁が新設した「AIアドバイザー」に、奈良先端科学技術大学院大学の船津公人・データ駆動型サイエンス創造センター長が就任しました。この制度は、深層学習などAI(人工知能)技術の進展により、関連の論文や発明が急増し、申請される特許の新規性などの見極めが困難になると予想されることから、3名の外部有識者がAIアドバイザーとして特許審査官に、特許に関連した専門分野の講義や助言を行うものです。船津センター長は、ケモインフォマティクス(データ駆動型化学)の国際的な第一人者で、材料開発から生産プロセスまで管理するソフトセンサー(数値モデル)などの研究で知られます。そこで、AIアドバイザーの役割、AIをめぐる研究開発や特許申請の現状、今後の審査の在り方などについて聞きました。
開発研究の詳細や世界の動向を講義
――AIアドバイザーはどのような役割を期待されていますか。
船津センター長 AIを利用して様々な研究開発が行われ、新しい発明のアイデアが登場しています。この状況に対応するため、特許庁がAIを利用した研究論文について調査したところ、「特許の範囲をどのように見るべきか」「AIを利用した技術が新規であり、特許にどのように貢献しているか」などについて判断が付き辛くなっていることがわかりました。
そこで、AI関連の特許申請については、専門のAI担当官(審査官)が行うことになり、当初、特定の領域に約10人程度が配置されました。しかし、幅広い分野でのAIの活用が広がっていることを踏まえ、2023年度にAI担当官を40人程度に増員し、全審査室に1名ずつAI担当官を配置することで、AI審査支援チームを強化したのです。
ところが、AIの利用技術は業種によって異なり、しかも、それぞれが日進月歩です。AI利用に関する最新の技術動向などを細部にわたりフォローし、開発の現状を熟知した研究者の視点を踏まえて審査基準を示す必要があります。そのために、AIアドバイサーが審査支援チームに対し定期的にレクチャーし、アドバイスすることになったのです。
AI関連の特許権の行方は
――今後、AIの能力がさらに向上すると、「発明したのは人とAIのどちらになるか」など基本的な権利関係の問題も新たに浮上してきますね。
船津センター長 現状では、AIは手段でしかないので、手段をうまく利用した人の権利ということになっています。しかし、国内外のAIや機械学習を利用した論文の出版動向、特許の出願動向を私たちが調査したところ、人が発明したとは必ずしも言えないケースがあり、将来的には、権利関係が曖昧になりそうです。発明の全ての権利を出願者が持つのではなく、そのツールであるAIを開発した人が権利を半分持つというようなことになる可能性があります。そのAIが海外で開発されたのであれば、権利の半分をその国の人が持つことにもなります。そのような将来的なことも含めて、審査支援チームと情報共有しておくことが大切と思っています。
海外でもAIに関連した発明については特許権の質が変わってくることに、関心が高まっており、特許庁は、日米欧中韓の五大特許庁実務者のシンポジウムを開くなど各国の審査の考え方などの情報を集めています。AI技術は発展し始めると急進展するだけに混乱を招き易い。日本が取り残されないように、あらかじめ日本の考え方を明確にし、各国と合意しておくことが重要なのです。
米国が重視した特許権
――船津先生が研究してこられたAIによる材料開発の分野では、特許を巡ってどのような変遷がありましたか。
船津センター長 2011年にオバマ元米大統領が「マテリアル・ゲノム・イニシアティブ」というプロジェクトを打ち出しました。膨大なデータを活用して新たな材料などを開発し、その特許を申請して自国の技術として確保していくところまで考えていました。当時の日本は技術者の経験、知識を生かした技術力で世界のトップに立っており、それに対抗する意味合いもありました。ただ、当時の日本では、データを活用して材料開発したときに特許を申請するという考えは、ほとんどありませんでした。
その後、米国は、材料開発にAIの機械学習を積極的に取り入れ、その特許申請も進めていきました。一方、日本の企業は、ここ10年の間に材料開発にAIを盛んに取り入れて、技術面では欧米と肩を並べるほどの力量を持つようになりました。しかし、特許権の取得についてはあまり敏感ではありませんでした。
そこで、今後、問題になるのは、日本で論文発表の数と共に特許申請が増加しても、日本の審査の基準や、発明者の権利の所在などを明確にしておかないと、欧米との間に審査のずれが生じてくるということです。AIアドバイザーとしても特許庁のチームと綿密に情報共有していかなければならないと思います。
新たな研究手法も視野に入れた審査を
――本学のデータ駆動型サイエンス創造センター長の立場からは、今後のAI利用の研究の進展と審査基準の動向をどのように見ておられますか。
船津センター長 本学では研究手法のデジタル化を進める「リサーチトランスフォーメーション(RX)」をもとに、実験研究と理論研究、AIの各分野を密に連携させて、素早く研究の方向性を打ち出す「RXサイクル」という新たな概念を全国の大学に先駆けて提唱し、その実現に向けて取り組んでいます。物質やバイオ分野での研究と開発では、「計測」「設計」「合成」という段階を経ます。RXではそれぞれの段階での取り組みは深掘りしますが、RXサイクルでは各段階のデータをウェブ上のプラットホームで繋げて、好循環な情報の流れを作り、総合的な視野で効率的に解析と設計を進められます。
このような新たな研究手法で得られた成果に基づく特許の新規性の範囲などについては、特許庁が検討しているAI利用発明の審査方針と照らし合わせて検討していくことになるでしょう。