「科学技術創造立国」を標榜する我が国において、国立大学にはイノベーションの創出とそれを先導する人材の育成が強く期待されています。
国立大学はその期待にどう応えていくべきか、産業界や行政、大学などでの幅広い経験・高い見識を持つ本学経営協議会委員である田中隆治氏、野間口有氏と小笠原直毅学長が意見交換しました
まず、国立大学の存在意義や期待、国立大学を取り巻く課題について、先生方のお考えをお聞かせください。
国立大学の存在意義と国立大学への期待
田中 戦後、国立大学が高等教育、研究、企業人育成において大きな役割を果たしてきたことは異論のないところです。特に地方の隅々まで高等教育環境を広げ、その結果として優れた研究者、教育者、企業のリーダーにおいても、国立大学出身者が多いことはその証です。しかし、20世紀から21世紀へと世界は大きく変化する中で国立大学の改革は進まず、従来どおりの体制を継承し、特色を強く打ち出せないままに現在に至っているように思います。
野間口 改正教育基本法が施行され、大学の使命は教育、研究に加え社会貢献を行うこととなりました。この使命を果たし、我が国の世界での存在感の向上に重要な役割を果たすことが国立大学の存在意義と考えます。グローバルな政治経済社会にあって、リーダシップを発揮できる人材の創出、社会の持続的成長の為の諸々のイノベーション推進において中核的役割を担うことが期待されます。
田中 国立大学の運営費交付金が減り続ける中、そのほとんどが人件費に使われることとなるので、個々の研究室に配賦される教育研究費がどんどん減っています。教員の研究費は、自前で取ってこなければほとんど研究できず、出張費もかなり減って、奨学寄附金などをもらわないと学会すら行けないというのが現状です。今まで地方の高等教育レベルを担保してきた地方の国立大学は、大変厳しい状況に置かれています。
そういう中で、運営費交付金が減った分競争的資金だけが増えるだけでは、問題があると思います。若い人が育っていくためには、やはり初期の研究費、あるいは教育費が必要であり、それがあまりにも少なすぎて、立ち上がれないのが現実です。
その解決策として、国立大学が86あるのを半分にしたらいいという極端な議論も出ています。そういう中で、イノベーションを推進するための競争的資金があり、産学官連携で外部資金を導入している。つまり、国立大学も、競争的原理の中にいるわけです。
大学の基本的な教育研究を実践するだけの基盤的な財源を担保しないと、将来まずいのではないかというところは、どこかでしっかり議論をする必要があると思います。
小笠原 運営費交付金はこの10年間で10%削減されており、本学でも、運営上のやりくりに苦慮しています。
野間口 イノベーションの種は国立大学が一番生み出しています。そういう時代ですので、国立大学の責務は、科学技術イノベーション競争が激化する中で、ますます増大しているという基本認識を国全体で持つべきです。
その中で、国立大学が頑張るための原資をどうするかというと、一つは運営費交付金ですが、もう一つは競争的資金などの資金です。運営費交付金という形にこだわるのか、競争的資金、あるいはその他、知的財産などで稼いで、そのお金をもっと使いやすくする。要するに、大学自身も総額は自ら確保する心構えでやるぞというのを示して、それでも、それをいいことに運営費交付金などを減らして、結果として大学の力を削いでもいいのかと開き直る方がいいと思います。
私は1965年に企業に入りました。その頃の日本の大企業は、必ず欧米の先進企業と技術提携して、技術導入を行っていました。企業間競争をやるためのイノベーションの種というのは提携先の企業に期待していたのです。ところが、90年代に入り、日本が欧米諸国に追いついた後は、提携していた欧米先進企業に実力があるとは限らなくなりました。
だから、90年代以降、日本企業は自分で動き出しました。基礎研究のただ乗りという、非難をかわすためもありましたけどね。最近では日本の成長力も落ちましたが、自分でやっていこうという時代になってから、頼りになるのは日本の国立大学です。イノベーションの種は大学だという時代が始まったのは90年代からです。私立大学も含めてですけど、日本の大学の科学技術イノベーションにおける意味合いというのは、ものすごく重要性を増しています。
平成27年4月15日、文部科学省はアクションプランとして、「イノベーションの観点からの国立大学改革について」ということを打ち出しています。この点について、先生方はどのようなお考えをお持ちですか?
研究者・学生の流動性の向上を
田中 大学は企業との連携を重視していかなければいけません。奈良先端大でもそうですよね。ただし、企業を理解するにしても、企業に勤めたことがない、あるいは企業と共同研究をしたことがない人が、理解できるはずがありません。
国が一生懸命にイノベーションと言っていても、大学が求めているイノベーション、企業や社会が求めているイノベーションの世界を、どれだけ理解してお互いにやっているかは疑問です。そのためには、やはり先生の3分の1ぐらいが企業へ行ってくるとか、あるいは企業から大学へ来てもらう。そのためには、若い先生たちが企業へ行くか、企業の若い研究者を受け入れるシステムが構築される必要があります。
また、大学院へ進学する時は、学生自身が流動性を持たなくてはいけないと思います。自分の出た大学とは違う大学の大学院に行く学生には奨学金を出すが、変わらないで、すっと上がって、安易な道をたどる学生には奨学金は出さないとかの新たに流動性を惹起するような仕組みをつくらないといけないと思います。教員も同じで、出身大学に採用されるようなことはよくないです。
小笠原 本学の教員は、企業で働いていた方が、結構な比率を占めています。また、本学を出て、直ちに本学の教員になるという例は、最近はありません。本学の教員は、原則公募による採用を行っていますが、本学の修了生が応募してきたら、2年か3年はどこか、特に外国に行って、本学とは違う世界を体験していることを確認しています。
田中 そういうことを国立大学がしっかりやらないといけないと思います。そのために国大協がもっと具体的な施策、方針を出さないといけないと思います。イノベーションという定義の話や、今の現実でなぜイノベーションが起こらないということになるかというと、全国の大学の流動性のなさ、あるいは、今、大学にいる教員の意識の問題ですよね。
野間口 私も大学は流動性をもう少し上げるべきだと思います。大企業は人が余っています。だけど、産業界全体で見ると、中小企業は慢性的な人手不足です。若い人の採用もなかなかできない。例えば、大企業のOBが、大学の教育支援や中小企業の仕事などで、人生のハッピーな一時期を送るということが評価されるような世の中になると、日本全体で人の割り当てが本当にうまくいくと思います。
どの企業でも、「ドクターに優秀なのが来ない」と嘆くぐらい、マスターで就職したがる者が多いです。ところが、中小企業は人手不足です。冷静に見ると、世界に通用するような特徴ある製品を持っている中小企業は山ほどあります。でも、ほとんどが後継者不足とか、CTOが一人で頑張っている状況です。中小企業と大学との連携、腹を割った連携の仕組みができたら非常にいいですね。
小笠原 なるほど。そういうネットワークに大学の先生が入っていくわけですね。
野間口 大学の階段をちょっと下りて、中小企業と腹を割って話しませんかとやると、いっぱい集まってくると思います。
小笠原 流動性の問題は個々の大学ではなかなかやりきれないから、どこかで何かシステムを考えないといけませんね。
産業界のドクター人材への期待
野間口 日本企業は、創薬とか医療という分野に限らず、製造業でも、電機メーカーとか、化学材料のメーカーとかでもドクターに非常に期待しています。ところが、企業のニーズと大学が輩出するドクターのスペックが合わないとか、ミスマッチの問題があります。しかし、実際に採用した企業のアンケートを昔、経団連で採ったことがありますが、驚くほど満足度が高いのです。一番問題なのは、ドクターの大半がアカデミア志望ということです。末は大学教授という。だから、ドクターに進む時のガイダンスが非常に重要だと思います。
小笠原 ドクターコースとは何だろうという先生の考え方も重要です。
野間口 アメリカでは、ドクターを持っている人が大学以外の様々な業種にたくさんいます。そういう働き方もあるよということを教える必要があります。アカデミアのポストだけでなく産業界に行ってもあるし、ベンチャーを起こすのもあると、そういうキャリアプランの多様性というのを教えないといけません。今はそれを教えられていないのではないかと思います。
小笠原 文部科学省がリーディング大学院というのを打ち出したのは、まさにその問題意識ですね。
野間口 今の先生方にドクターはどうあるべきかと聞きますと、先生の研究サポート役が一つの理想の姿になると思います。それでは、自分のところから旅をさせようという発想が出にくいです。これは間接費なんかの問題もあるでしょうけど、思い切って広く研究してもらうために、「君はここ2年間、ここの研究室の研究をサポートしなくていいよ。君の着眼点をもっと伸ばしてこい」とか言って送り出すようにすべきです。
田中 今、イノベーションをやるために、複合学際とか連携ということを強化してやりなさいというけれど、なぜかうまくいかない。それは日本の大学の体質として、隣の講座の人たちとすら話をしたことがあるという研究者が少ない、そういう一つの講座意識とか、たこつぼ型の仕組みが結構邪魔していて、縄張り争いみたいなことをやっているところに原因があります。
野間口 大学に企業の経営者が行って、我が社はこの分野でドクターの層を厚くして研究の質を上げたいので、一緒に企業からも課題を出すし、大学からも指導のためのいろんな課題を出していただいて鍛えていただけませんかという、戦略的な提携をやって、育てたドクターを企業は雇ってから出すようにすればドクターの生活も一応は安定します。そういう形で戦略的に育てるドクターコースというのが、あってもいいのではないかと思います。
小笠原 本学でも、研究科・研究室の枠を越えた学際融合研究を、産業界との連携を含めて活発化させようと、いろいろ工夫していますが、そこに大学院生も参加するような仕組みも重要ですね。
野間口 我が社における過去10年の実績を見ますと、一番多い年で30数名の社員がドクターの学位を取っていました。ただ、白状しますと、社会人コースでドクターを取るのは、50代後半で、一生懸命仕事をやってくれたけれども、ポスト的にも所長にするわけにもいかないので、ドクターでも取って、フェローか何かで処遇しようみたい例の方が多いです。そうではなく、就職して若い30歳ぐらいからドクターコースに入って、ドクターを取ったら企業の中で仕事をしてもらう。そういう形にすると、企業側も人的投資をするので覚悟が決まります。
小笠原 違う見方をすると、今までマスターを取って企業でトレーニングをするというパターンになっていましたけれど、それはグローバルスタンダードではないということですよね。ドクターを企業の研究者の中心にするというのは、ある意味ではグローバルスタンダードであり、そのギャップの問題をどうするのかというのが、本当は大きな問題です。中央教育審議会(中教審)などで議論していますが、まだあいまいですね。博士課程があって、修士の学位もある。修士の学位とは何だろうというのは、今、日本ではきちんと整理されていないところがあります。
野間口 私は33歳ぐらいで上司が阪大へ連れていってくれました。「こいつはなかなか頑張っているので、将来はこういった領域で立派な研究者になってほしい」と言って、その阪大の先生に頼んでくれました。その先生も「ああ、そうしたら一緒に鍛えようか」ということでやってくれました。ドクターの学位をいただいた後、これは会社のために頑張らないといけないなと思いました。
田中 今のような話をもう少し進めるのであれば、大学の先生は、マスターもドクターも単に兵隊として使うのではなくて、育成するという概念を強く持ってやってもらわないと困ります。人材育成のための大学との連携では、企業がしっかりその意図を持たないといけません。こういうふうに育ててくれとか、こういう分野を将来つくり上げるので、こういう技術を徹底的に仕込んでくれということを企業から大学にしっかり要請すべきです。
私もマスターで入社して、2年後に大阪大学へ入学しました。著名な研究室で、大変意義がありましたので、私の部下には大半そういう機会を設けました。京都大学や大阪大学に行かせたりして、どんどんドクターを取らせて、サントリーが今までやらなかった新しい領域をつくりました。
小笠原 本学では、課題創出連携研究事業といって、企業と契約して、お互いにブレーンストーミングをして面白い将来重要となるだろうという課題を見つけて、共同研究を行うという産学連携に取り組んでいます。まずダイキンと2年前から始めて、その後、ヤンマーと、最近はサントリーとも始めました。そういうのも一つのやり方かなと思います。課題を見つけるため、企業側の研究所長をはじめとする研究者と、本学の研究者の合宿もやっていますが、必ずしも企業から鮮明な新しい問題意識が出てこないという問題も感じています。
田中 そこですよね。本当は、もっと企業はきっちり目的を認識して意見を言わないと駄目ですよね。やらないといけない分野はいっぱいあるわけです。
野間口 それは続けた方がいいですね。
最後に、奈良先端大への期待をお聞かせください。
さすが、この大学はやるねというマネジメント
野間口 奈良先端大絡みだと、山中伸弥先生(2012ノーベル生理学・医学賞受賞/本学栄誉教授)というすごい例があります。平均的に奈良先端大をこうしよう、あるいは日本の国立大学をこうしようというのでは、日本はなかなか突破口がない。そこまでいかなくても、山中先生に準ずる人を作るために、大学はどういうマネジメントをするかです。もう一人の例として、奈良先端大は関係ないですが、産業界から見てすごいなと思うのは筑波大学の山海先生(筑波大学システム情報工学研究科 山海嘉之教授)です。
小笠原 ロボット、パワースーツの研究者ですね。
野間口 山海先生はロボットの制御の仕方を医学に持っていこうとしたら、ものすごく反論がありました。「医事法」に合っていないとか。要するに、治療に持っていけない、福祉に持っていけないとか。それは全部規格があって、誰かやってくれと言っても、いつ商売になるか分からないようなものには手を出す企業もありません。ならば、自分でハードルを越えるチャレンジをしてみようかと、ISOの本部まで乗り込んで、規格をつくり、最終的には会社までつくった。あの先生は本当に研究もすごいですが、障壁を飛び越えようとする姿勢がものすごく強いです。
東京大学を始め、平均的にマネジメントしようとしてしまうけれども、奈良先端大や筑波大学のように出る杭を生かすような例をいくらか作っていくと、「さすが、この大学はやるね」ということになっていくと思います。山中先生のようなパターンをもっと増やそうみたいなことを打ち出すべきです。確か、山中先生は若い段階で外国に飛び出し、自由に研究する機会があったのですよね。
学際融合領域の教育・研究の展開
田中 奈良先端大には、情報科学があり、ライフサイエンスがあり、物質創成科学があります。これをいかにうまく組み合わせて奈良先端大の売りにするかです。文部科学省においても、大学の特徴を出せとか、とがった領域がどこにあるかという中で、やはり奈良先端大は小回りが利く大学ですし、この辺の連携をいかに強化するか。それを企業にいかに売り込むかということですね。
小笠原 情報・バイオ・物質分野の融合が学問的にも進んでいますし、また、イノベーション創出のために異分野研究者の連携が求められています。そのため、大学院のみからなるという本学の機動性を生かして、本学では平成30年度から3研究科を1研究科体制にするための検討を進めています。
田中/野間口 そういうのはいいですね。
小笠原 情報、バイオ、物質、あるいはケミストリーというのは、今でも科学技術の基盤です。だから、そこは変える必要はないだろうが、もっとクロスオーバーを構築するために1研究科にする。構想としては、基礎教育という点では、情報系の科目、バイオ系の科目、物質系の科目、どれかを重点的に取ればいい。その上で、3分野の学生が混じり合った、例えば、ケミカルバイオロジーコースとか、データサイエンスコースとか、健康科学、人間科学コースとか、バイオ系の学生も、情報系の学生も、物質系の学生も一緒になって同じ授業を受けて議論する、また、その中にPBL的なところを埋め込んでいくという教育プログラムに変えようとしています。
田中 それで出た成果を広報するという仕組みを作って、情報をうまく発信すべきだと思いますね。それが唯一できる大学だと思います。奈良先端大は新しい研究大学のモデル校として設立されています。是非、革新的なビジョンのもとに今問われている国立大学の問題点を解決し得る指針を提示してもらいたいと思います。そういう時にものすごく大切なのは、若手人材ですね。これをどう導入して、いろいろ新しい世界に出していくかです。
小笠原 その点では、本学は、教授、准教授、助教の割合が、まだ1:1:2です。助教クラス、文部科学省の定義で39歳以下の若手が教員の40%プラスアルファぐらいいます。
田中 その人たちの自由はもちろんあるわけですよね。
小笠原 その点の強化も課題と思っています。理工系では、教授、准教授というのは、PI(Principal Investigator:研究主宰者)であるのは当然ですが、助教をどう考えるかです。やはり、若い助教になったばかりの先生にPIとして研究費を自分で確保しろというのは無理があるように思います。最初はPI見習いで、一定の経験を積んだ後、自分の研究テーマによる研究と教育の機会を与えて、PIとしての独立を支援する。その辺の仕組みをどうしたらいいかと考えています。
田中 大学というと、教授の先生はみんな優秀だという前提で考えられていますからね。私はそれが問題だと思います。
野間口 仕事を一生懸命頑張ったけれど、いよいよ行き詰まったら、ホームカミングデーじゃないけども、もう一度、奈良先端大に帰ってきて勉強し直して、再チャレンジできる制度をつくれたら、奈良先端大はすごいことになると思います。
小笠原 本日は、ありがとうございました。
参加者の紹介
田中 隆治(たなか たかはる)
(本学経営協議会委員/平成27年4月~)
現職:星薬科大学学長
サントリー技術監・研究所長、金沢大学理事、東京大学特任教授を歴任
農林水産省フード・セイフティ・イノベーション技術研究組合 理事長など国の政策委員を歴任
野間口 有(のまくち たもつ)
(本学経営協議会委員/平成27年4月~)
現職:三菱電機相談役
三菱電機社長・会長、独立行政法人産業技術総合研究所理事長を歴任
知的財産戦略本部員、科学技術・学術審議会委員、産業構造審議会委員など国の政策委員を歴任
小笠原 直毅(おがさわら なおたけ)
(本学学長/平成25年4月~)
専門分野:微生物学、ゲノム生物学