畠中 渉
情報科学領域 ロボットラーニング 松原研究室 博士後期課程 3年
出身:日本・大阪府
学部での研究内容:画像処理
大学院での研究内容:3次元画像認識
大学に進学する際にプログラミングに関心を持ち、修士課程では画像処理を専攻しました。当時は博士後期課程に進みたいとは考えていなくて、修了後は株式会社リコーの研究部門に入職しました。就職した2012年当時、ウェブ会議は現在普及しているWebexやzoomなどのソフトウェアではなく専用デバイスの開発がなされていて、私は最初テレビ会議システムの開発に携わりました。音声も画像も信号処理なので、それらを組み合わせた事業として取り組んでいたのですが、新規事業を提案する機会においてロボットはどうか提案したところ採用され、2013年にゼロからロボットに関する研究開発に着手しました。
やがて2020年に会社で書いた論文が国際会議に通り、会社から「もしやる気があるなら博士後期課程に行ってみたら」と提案されて、上司と相談の上進学することになりました。2021年4月に入学しましたが、休職はせず会社の仕事の一環として金銭面をサポートしていただきつつ研究活動をすることを認めてもらい、社会人学生として研究室に所属しています。入学後半年ほどは会社のある神奈川県からリモートで授業や定例に出席し、9月には今4歳の子どもと妻と共に奈良に引っ越してきました。会社の会議へは自宅からリモートで参加しつつ、週3回程度大学に来ています。
リコーにとってロボット分野の研究開発はチャンスの大きい分野なので、リコーの外にも目を向けて自分の核となる技術を見つけて磨いてほしい、というアドバイスもあり、社会人博士という選択をしました。現在、私の他に他大学の博士後期課程に在籍している人はいますが、毎年コンスタントに大学院に人を送っている、というわけではありません。博士課程に進みたいという意思のある人材や、上司のサポートなど、タイミングが揃えば成り立つものであると考えています。
なぜNAISTの松原研に進学したかというと、日本でロボット応用に関する深層学習技術に取り組んでいて、「ロボットラーニング」を明確に打ち出していた唯一の研究室だったからです。上司に相談したところ、上司と松原先生がたまたま学会で同じ研究会のメンバーであったことをきっかけに打合せの場をセッティングしていただき、入学する段取りをつけることができました。
現在は、ロボット向けの強化学習の研究をしています。研究テーマは、アカデミックな価値も出しつつその成果が会社の事業にも反映されることを念頭に置いて、松原先生とのディスカッションを通じて設定しました。
神奈川から奈良に来たのは、先生と密に研究ができればという思いが半分と、学生と関係を作りたいという思いが半分ありました。NAISTには優秀な学生が多いので、会社としても私の存在が学生との繋ぎ目になるという期待もあるでしょうし、私自身も今後一緒に何かできるかもしれないという思いがあります。ただ、博士後期課程の学生と話す機会は多いですが、修士課程の学生とはそこまで接点が多くないのが正直なところです。私は朝9時から仕事をしていますが、この研究室はコアタイムがないので、その時間に研究室に来ても学生がいないこともあります。現状、研究室で社会人博士は私一人であり、学生から話しかけるのも気を遣う部分もあるかと思うので、コミュニケーションの面では自分が頑張らないといけないと思っています。
研究環境については、私はPC上におけるシミュレーション実験を主に実施していますが、計算リソースは十分であり問題は感じていません。強いて言えば、データを取り扱う上で、会社のネットワークとNAISTの曼陀羅ネットワークの使い分けが面倒ということでしょうか。会社にしか置けない情報を見るときに会社のネットワークに繋ぐ専用ソフトがあるのですが、その繋ぎ直しが煩雑です。これはセキュリティ上仕方ないのですが、私自身は両方に属しているもののデータの保管場所は都度選別しなければならないという取り回しの難しさがあります。
研究外の環境で言えば、奈良は土地が広くて大きな広場や史跡など伝統的なものもあって、子育て環境としては良い場所だと思います。これは私にとっては想定外の良いことですが、妻が言うには、育児系の行政サービスも良いと感じているみたいです。子どもが育つ環境として奈良は良い場所なんじゃないかと思っています。
学内に社会人学生のコミュニティはありません。すでに修了されましたが、松原研には私が入った時点で社会人学生が何人かおられました。しかし、コロナ禍ということもありミーティングはリモートで参加されていて、実際にお会いできたのは博士論文の発表会でのタイミングだけでした。
会社の仕事と学生としての研究活動をどのように回していくかという、社会人ならではの悩みは存在すると思います。先の修了生の方も難しい時期があったとお聞きしました。もし、社会人学生のコミュニティがあって、お互いのことを共有できるような繋がりがあったら、何かの助けになったかもしれないとは思います。
また、研究が思うように進まない時期もあると思います。私の上司はこちらで一人だと色々と抱え込むかもしれないと心配して、リモートでケアをしてくれています。松原先生とも、研究以外の話をすることも多く、子育ての話しや、ここに行って良かったとか、そういう情報を共有したりしています。そういった研究以外の部分での会話もできることはありがたいことだと感じています。
年に1回程度、一年の私の研究活動について松原先生を交えて会社の上司と共有するフォーマルな場を設けているのですが、それとは別に、もう少し肩ひじを張らない相互交流できる場があっても良いのではないかと思います。例えば、近年のChat GPTの興隆などの社会情勢について、第一線の研究者が率直にどのように感じているのか、企業がどのようにその技術を捉えているのかなど、技術的なアドバイスではなく意見を共有できる場が企業と大学の間にあれば、お互いにメリットがあるのではないかと思っています。私は研究指導を通じて先生とカジュアルなやり取りができる機会がありますが、これはリモートではなく、実際に奈良に来ているからこそ実現していると感じています。フォーマルな場ではないが故の情報の扱いの難しさなど、実現するには課題がいろいろあるかとは思いますが、こうした相互交流によって、より実践的な知識の共有や現実世界への応用が進むこともあるかと思います。また、このような協力関係を築くことができれば、大学院における社会人の受け入れの意義もより明確になるのではないでしょうか。
(令和5年8月)